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「あのーすみません!そう、あなた!あなたです!」
「へ、私ですか」
「そう!可愛らしいあなた!教師オールマイトの授業について……」


がっしりと私の手首を掴んで、マイクを向けてぺらぺらと喋るポニーテールの女の人がマスコミの関係者だと把握するのに少し時間が掛かった。そういえば昨日の夜、適当に流していたニュースでオールマイトの雄英講師就任の件が流れたんだっけ。「…先行ってるぞ」「あ、ちょっと…!」隣を歩いていたはずの焦凍は、上手いことやれよ、と言わんばかりの目線で私を一瞥、助けてくれたって構わないのにさっさと歩いて行ってしまう。えええちょっと、ちょっとどうしよう!?「授業中のオールマイトは、」「イメージと実際に接する教師としてのオールマイトは、」「"平和の象徴"はどのようにヒーローを語るのか、」etcetc……口を挟む暇なく質問を並べ立てるポニーテールの女の人は、私の腕を離そうとしない。その目はぎらぎらと光っていて、適当な答えじゃ逃がさないわよと言わんばかりで背筋が震えた。これは延々質問をスルーされてきた鬱憤が溜まってるんだろうな…ううん、どう切り抜けよう。出来ることならなるべく穏便に、見捨てた焦凍にも早いうちに仕返しを、


「で、どう思いますかっ!?教師としてのオールマイト!」
「え、ええ!?ああ、とても…丁寧でユーモラスで……でも、」
「でも!?」
「…すみません、なんでもないです」
「ちょっとちょっと!オールマイトに、"でも"って!?」


目をきらきらさせてマイクを押し付けてくる女の人が、私の腕に込める力を強めた。い、言えるはずがない!うっかり口を滑らせて、リカバリーガールに教育者としての立場を考えろと叱咤されていたなんて、言えない!

言えないのだが、上手い具合に私の声を拾ってしまった女の人は食い下がる様子を見せない。「ああもう、やーっとマトモで面白い話が聞けそう!最初は保健室に行かなきゃって逃げられちゃうし、筋骨隆々、なんてよくわからないし!真面目すぎるのも困るから、あなた生徒っぽくて最高!それで"でも"って!?ねえ!」ぐいぐいぐい、詰め寄られてどんどん校門から遠ざかっていく体。保健室って、もしかして昨日の怪我のこともあるし緑谷君かな…あああだとしたら早いうちに、謝りに行かなきゃいけないのに!こんなところで詰まってる場合じゃないのに!

そう、昨日。爆豪君が教室を出ていったあと、教室に顔を出した緑谷君は爆豪君を追いかけて再び教室を飛び出していった。……二人のあいだに、何があったのか。私は何も知らないけれど、教室に戻ってきた緑谷君は少しだけ落ち込んでいるように見えたのだ。やっぱり戦闘訓練で、私が情けない姿を見せたからだとか、爆豪君に言われたように勝手な自分の都合で二人の戦いに割って入ったことだとかが原因だと考えると……結局昨日、私は緑谷君に謝ることが出来なかったのだ。保健室の前で聞いてしまった会話も後を引いている。なんて情けないんだろう。「ねえねえ!あなた!それで……」その上こんな朝からマスコミに捕まっ、…あれ?とんとん、って感覚があるような。誰か私の肩叩いてる?


「ねえ、もしかして困ってたりする?」
「っ!?」


まさかマスコミに挟まれて吐かされるまで逃げられない、なんて事態が一瞬で脳裏を過ぎ去り肩がびくりと大きく跳ねる。「…そんなビビらないでよ、助けてあげようかと思っただけなのに」振り返ると、教室では見かけたことのない男の子が気だるげに私を見つめていた。「…た、助けてあげようか…って?」「うん。相当困ってるみたいだったからさ。…一応ヒーロー志望だし」「ちょっとあなた!オールマイトは…」耳を劈く大きな声と、握りつぶさんばかりの勢いで圧の掛かる手首。そこそこ人の多い校門前で、私はちょっとした注目を浴びているようだった。目の前の女の人は私に声を掛けてきてくれた、男の子に興味を示す様子はない。い、いいのかな…見知らぬ人に助けを求めるなんて。ここまで強引なのってなかなか無いし、でも頑張れば自分でも対処…


「…別にいいならそのまま行くけど」
「ま、待って!とても、とても助けて欲しいです!お願い…!」
「………そこのポニーテールのお姉さん、オールマイトのことなんだけど」
「何!?キミもオールマイトについて意見を……」


男の子の発した"オールマイト"という単語に勢いよく食いついた女の人の言葉が途切れ、手首に込められていた力がぷつりと、途切れたように感じなくなる。「……何を」「別に」なんでもないように言葉を発した彼は、私の手首を掴んでいた指先を丁寧に剥がして解放してくれた。何も言わなくなった女の人の目は、色彩を失い景色を反射しているように見える。これってもしかしなくても彼の個性?もしかして精神に働きかける個性なのかな。えっ、ある意味チート級じゃない?話しかけただけ?触れただけ?発動条件が緩そうだ。初見殺しとはこのことか。

呆気に取られたままの私の腕を、剥がして触れた指先そのままで掴んで、男の子は私を校門の中まで引いて連れて行ってくれた。足を止めた彼が何事もなかったかのように手を離す。思わずさっきの女の人が気になって、振り向いた瞬間ぱちんと風船がはじけるみたいにして、ポニーテールの女の人がきょろきょろと周囲を見渡し始めた。…ほんとにすごい個性だ。私や焦凍とは違う類の強さを持つ個性。「あの、」「…なに」「ヒーロー志望ってことは、ヒーロー科?」「……普通科」少しの沈黙のあと、返ってきた答えに心の中で驚いて、それでも入試の内容を思い出した時に機械は精神を持ってないなあと思い出した。…もったいないなあ。私だって焦凍がマスコミに絡まれたらそのまま放置して歩いて行くだろうと思うのに。見知らぬ人間をヒーロー志望だから、って助けてくれるなんて。


「思ったより強引で振り解けなくて…ええと、」
「心操」
「心操君。助けてくれて本当にありがとう」
「別に。…きみは?」
「あ、苗字。苗字、です」
「苗字さんね。じゃあ俺、遅刻したくないから」


次は気をつけなよ、と言い残して背中を向けた彼こと心操君は、そのまま何事もなかったかのように校舎の方へ歩いていく。……その背中が一瞬だけ、緑谷君に重なったのは何故だろう。私はどちらのことだって、まだひとつだって理解してないのに。どうして重なって見えたりしたんだろう。
ちらつく緑谷君の背中は瞼を擦ると朝の空気に消えた。きっと、気のせいだったんだ…微かに見える心操君の背中に小さく手を振ってみる。困ってるみたいだから、ヒーロー志望だし――…注目を浴びていた私にそんな風に言える心操君が普通科で、(結局言えなかったけど)私がヒーロー科で。なんだか不平等だ、なんて考えながら私も下駄箱に歩き出す。



(2015/06/23)