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「あれ、名前戻ってくるの早かったね」
「うん。…緑谷君は寝てるみたいで、あんまり長居しちゃいけないかなって」
「まあ目が覚めたら戻って来るよ」


反省会はその時やれば、と響香ちゃんが肩を叩いてくれた。うん、そうだね――頷きながら、心をあの保健室の扉の前に置き去りにしてきてしまったことを実感する。ヒーロースーツを畳む手も、説明書の文字列を追っているはずの目も、教室内のざわめきを捉えているはずの耳も―――…『力を渡した愛弟子』『なんで止めてやらなかった』『オールマイト』……「おい、苗字」緑谷君はオールマイトの弟子。「…おい」緑谷君の怪我は、一気に治癒できない。「………」そういえば緑谷君の個性ってオールマイトのものによく似、


「苗字、プリントが回されている」
「わ、っちょ、常闇君!…ええと」
「"黒影"だ」


ぱさぱさぱさ、と手元にプリントを纏めて降らせてくれた常闇君の"黒影"がホラヨ、と小さく声を出した。ありがとう、とお礼を言うと気にするなと隣から声が返ってきた。「…考え事か、苗字」「あ、あはは…」常闇君に、どうやら心配を掛けたらしい。

プリントには今度の体育祭のお知らせと、今後の簡単なスケジュールが記載されている。ざっと目を通したそれをファイルに挟む合間、口から漏れたのはさっきみたいな乾いた笑い声じゃなくて溜息だった。…思い返せば思い返すほど、今日の私はひどかった。自分の欲求を優先して動いたのは……咎められるべきだけどそうじゃない。爆豪君の力が予想以上だったとか、そんなのでもない。

―――緑谷君に迷惑を掛けた。


「今日、情けなくて反省が尽きないの」
「…初めての訓練だ。情けないと思うのなら、それを次回に活かせば良いだろう」
「うん、そうだね。…ありがとう常闇君」


優しい常闇君に笑顔を向けながら考える。緑谷君、緑谷君。…好きな気持ちは変わっていない。目の前で脅威を殴り飛ばして、ついでに私の悩みだとか、迷いだとかを全部吹き飛ばしてみせた人。着いていきたいと、直感で強く思わせてくれた人。彼の重大な秘密の一端を握ってしまった後悔が脳の奥で、警報を鳴らしている。


**


放課後、教室の中では自然と"今日の反省会をしよう"といったムードになっていた。教室の中央で仕切っているのは切島君。彼の戦闘スタイルはとっても真っ直ぐで、なんていうか男らしい。「フフッ、僕は反省なんて――」「溶解液で足が滑りそうになって、焦っちゃったのはヨクナイね!」青山君が芦戸さんの言葉で、ぴしりと凍りついているのが見える。…まあ私は、青山君よりも遥かに多くの反省点を抱えているわけで。


「情けなかったな」
「まあね。…焦凍は流石としか」
「嫌味か」
「本音で言ってるって、分かっててそう聞くのはよくない」
「悪かった」


そう言うくせに、焦凍の声のトーンは悪びれている様子を感じさせない。私たちは二人で窓側に陣取り、教室の声を聞いていた。俺はここが、私はあの時こう動いていれば、オイラは――…各々が自分の反省点を上げ、敵側意見や味方側意見、外側からの意見に耳を傾ける。真面目な飯田君はメモを片手にふんふんと頷いてペンを走らせていた。…あれ?


「爆豪君、帰るの?」
「……てめえ」


教室の後ろで一人、こそこそと荷物を纏めていた爆豪君に気が付いたのはどうやら彼のお怒りに触れたらしかった。しかも私が声を出したのは、教室が一瞬静けさに包まれた瞬間だったらしい。思った以上に響いてしまった声は全員に行き届き、クラス全員分の視線を爆豪君に集めさせた。「えっ爆豪帰んの!?」「えええー!」次々に上がる声と、一緒に反省会やろうぜ!という切島君の声にあからさま、不機嫌そうに顔をしかめた爆豪君が私を睨む。彼はそのままつかつかと歩み寄ってきて、私の目の前で足を止めた。…隣で小さく溜息を吐くのが聞こえたのは聞かなかったことにする。


「おい、壁女」
「……か、かべおんな?」
「二度と、俺の邪魔すんじゃねえ!」


BOOM!と目の前で爆ぜた爆豪君の拳を反射的に指先から、パネルを出してガードする。…抑えられた爆発だった。威嚇のつもりだったのかもしれない。それでも警戒心を引き上げて出したパネルに爆豪君は私を殺すと言わんばかりの(実際はそんなに過激でないかもしれないけど)目で睨みつけて、すぐに背を向けた。私はというと目の前で小規模爆発が起きたことより、色々とショックな一言に頭をがつんと殴られた感覚を味わっている。


「壁、おんな…」


それは個性の意味なのだろうか。胸だろうか。どちらにせよ許し難いというか普通にショックだ!背を向けて歩き出す爆豪君を、切島君が最後に爆豪!と呼んでいたけど振り返らない爆豪君はそのまま教室から出ていってしまう。「っ、ふ」「…焦凍!」隣で笑いを必死に堪える焦凍を睨んでみても心の傷は癒えることがない。壁、壁女って。…壁女って!


「だ、大丈夫ですわ苗字さん!」
「そうだよ!名前にはちゃんと胸あるから!」
「個性のことだろうけど、すっごい言い方ね爆豪ちゃんは」
「バリアならまだマシだったかも…」


八百万さんと響香ちゃんが私を覗き込んで励ましてくれる。蛙吹さんとお茶子ちゃんは爆豪君の出ていった廊下の方に目線をやっていて、それ以外のクラスメイトからは"どんまい"みたいな目線を集中的に注がれた。「苗字、どんまい」…なんだろう、瀬呂くんに言われると解せない気持ちになる。「壁女…!」あと焦凍はいつまで笑ってるの!


「大丈夫だって苗字!」
「峰田君、なにが大丈夫なの…」
「苗字はおっぱいもまあ普通だし太ももは良いラインだし何よりスーツのピチピチ感が、」
「…やめておけ」
「な、なにすんだよ常闇ィ!」
「轟を見ろ」
「……あー……うんとにかくオイラは苗字も十分良い胸してると思う」
「ねえ峰田君、八百万さんの胸見ながらそれ言うのやめてくれないかなあ」




(2015/06/17)

峰田君めっちゃ好きです