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気が付くとそこはモニタールームで、私を覗き込んでいたのはお茶子ちゃんだった。「名前ちゃん、大丈夫?」「……へ、」緑谷君が、爆豪君が、目の前で戦ってて。制限時間が。私は爆発を抑えるのに、体力ごっそり持ってかれて、


「お茶子ちゃん、私たちって」
「核、ちゃんと回収したよ」
「…じゃあ、勝ったの!?」
「勝ったけど、講評はね」


あはは、と気まずそうな表情のお茶子ちゃんの横では、モニターに大きく映し出されたどこかの部屋の一角が映っていた。「あれは…」「第二戦。もうすぐ始まるんだ」さっき講評終わっちゃったんだよね、と気まずそうに頬を掻くお茶子ちゃんの横から、知った顔がひょっこりと顔を出す。


「よろしければ、苗字さんの講評を繰り返しましょうか?」
「八百万さん。…お、お願いします」
「ええ、それでは」


こほん、とひとつ咳払いをした八百万さんが目を細めて私を見つめた。「まず、麗日さんと二手に分かれたあと。"核"の回収が目的だというのに、緑谷さんのところに戻ったところ。確かに仲間を守るもの大切ですが、今回は目的を見失ったように見えます。あれがハリボテではなく本物の核だったら、あなたのような個性の人はまず真っ先にそこへ向かわなければいけませんしね」……すらすらと、紡がれる言葉に隙はない。まったくもってその通りだ。でもやっぱり私は緑谷君を優先して、――あれ?緑谷君は、どこ?そういえばここに緑谷君がいない。あれ、あれ、


「…でも、個性の使い方は良かったと思います。苗字さん、お疲れ様」
「あ、ありがとう八百万さん」
「……どうかされましたか?そんなに焦った顔で」
「や、その、…お茶子ちゃん。緑谷君は?」
「デクくん?」


**


授業を終えて、みんなと更衣室へ向かう。「名前、大丈夫?ふらついてるけど」「うん」平気平気、と笑顔を作りながら素早く着替えを終えた私は一番に更衣室を飛び出した。向かうのは当然、保健室。――緑谷君が寝ている、運び込まれた、搬送ロボに。

デク君は保健室に、と言ってお茶子ちゃんは顔をしかめた。お茶子ちゃんと、モニタールームの視点だった八百万さんの話を簡単にまとめると、私が気を失った後に繰り広げられたのは爆豪君と緑谷君の殴り合い。――殴り合いというよりは爆豪君が、緑谷君を一方的に攻撃していたみたいだ。それでも最後の拳の衝突で緑谷君が上方向に振り上げた拳が天井を貫き五階フロアのお茶子ちゃんと飯田君の足元を崩し、お茶子ちゃんはそれを目くらましに飯田君の隙を突いて核回収。
事の顛末を聞く私の目の前のモニターは、第二戦の様子を映し出していた。勝負は一瞬、建物を全て凍り付かせた焦凍が"核"に触れてBチームの勝利。私と同じように焦凍も私の戦いを見ていたんだろう。帰る途中で焦凍にみっともなかったとか、言われそうだと頭の隅をそんなことが過ぎった。みっともなかった、確かにその通りだ。言い返せない。

結局私は守るなんて言いながら、緑谷君を守れなかった。それどころか守られてしまったんじゃないか。お茶子ちゃんにも核を任せっきりにしてしまったし、爆豪君も最終的に緑谷君へ丸投げしてしまった。役立たず。…役立たずだ。お茶子ちゃんには別に謝らんで、なんて優しい言葉を貰ってしまったけど私はどうしたって納得いかない。


―――緑谷君にも、きちんと謝りたい。


保健室の扉の目の前で、息を吸い込む。腕を伸ばして、ノックをするだけ。コンコン、と音を鳴らすだけだ。…緑谷君、寝てるのかな。治療終わったのかな。私のこと、やっぱり怒ってるかもしれない。やっぱりちゃんと謝らなきゃ、迷惑掛けてごめんなさいって、


「入学間もないってのにもう三度目だよ!?なんで止めてやらなかったオールマイト!」


……伸ばした腕がぴくり、と跳ねた。これはリカバリーガールの声だ。オールマイトと名前を呼んだ?普段の優しい声とは違う、荒々しい強い口調に思わず息を止めてしまう。「――」「私に謝ってどうするの!?疲労困憊の上昨日の今日だ!一気に治癒してやれない!」…怒っている。あの温厚なリカバリーガールが。お菓子を配り歩く優しい老婦人が。…オールマイトに?緑谷君のことで…?三度目、小さく繰り返す。三度目。一回目はあの、入試のとき。二回目は昨日の体力テスト。そして今日――…やっぱり緑谷君だ。どうして緑谷君のことでオールマイトが、


「―…力を渡した愛弟子だからって、甘やかすんじゃないよ!」


たかが扉一枚。されど、扉一枚。

――聞いてはいけないものを聞いた気がした。力を渡す?疲れているのもあってか、上手く頭が回らない。それでも音を立てないようにそっと足を動かして、息を殺したまま私は保健室に背中を向けた。緑谷君は、…緑谷君はオールマイトの弟子?力を渡した、ってなんだろう。分からない、分からないけど……これはきっと誰にも言ってはいけないし、知ってはいけないことなんじゃないか。分からない。でも、緑谷君は、……

とにかく私が覚えておかなければいけないのは、緑谷君に訓練のことをきちんと謝らなきゃいけないってことだ。




(2015/06/05)