08


「焦凍、いいね。シンプルで」
「お前は充実してるな」
「でも案外動きやすいよ!ほらブーツ、ちゃんとブースター付けてくれた」
「良いんじゃねえか」


私のスーツ姿を上から下までざっと見回して頷いた焦凍は、口元を少しだけ緩めて笑った。演習場の中央ではオールマイトが、授業を始めることを告げていた。焦凍の隣に立った私は、ざっと周りを見渡して緑谷君の姿を探す。あれ、まだ来てないのかな。オールマイトがもう、授業を始めようとしているのに。そういえばちらりと見た限りだけど、緑谷君はスーツを持参していたような。

まだ着替えを終えていないのかも、と考えが過ぎった脳は自然と演習場の入口へ顔を向けさせる。戦闘訓練のお時間だ、とオールマイトのよく通る声が響いたころ、緑谷君らしき影はぱたぱたとグラウンドに走り込んできた。「あ、デクくん」「…っ」隣のお茶子ちゃんが、ヘルメットを慣れない手つきでいじりながら彼の方を振り向いた。ジャンプスーツ、ジャンプスーツだ。ぴょこん、と頭に二つ生えた耳と口元のマスクがかっこいい。ぴたりと肌に吸い付くタイプのスーツではないのに、浮き上がった筋肉が私の心臓をばくんばくんと跳ねさせた。普段の少し控えめな態度とのギャップにも心臓が跳ねている。ああもう、


「……ダメだ」
「おい、名前。ちゃんと話聞いてろ」
「苗字の太もものライン…こっちもなかなか、」
「峰田さん、苗字さんにセクハラをするのはおやめなさい」
「ヤオヨロッパイ!」
「なんですかそれは」


**


屋内での戦闘訓練をする、言ったオールマイトが差し出したくじ入りの箱に手を入れる。テレビの向こう側、憧れであったけどそれはどこか遠いところにあったオールマイトの、こんなに近くに行くのは初めてだったからくじを掴む手がかたかたと震えていた。

"敵"は屋外よりも屋内に潜む。確かに、と何度も頷いた八百万さんのペアはさっき私の目の前に回り込んで八百万さんに首根っこを掴み上げられていた峰田くんで、彼は八百万さんの胸元を見つめながら何故か私に親指を立てていた。なんというか、解せない。オマケと言わんばかりにウインクもされたけど本当によくわからない。でもなんとなく、仲良くやれそうな気がするから少しだけ困る。
ところで、私のペアは誰だろう。緑谷君、は無理だろうけど…A、と書かれた小さな紙切れを持ったまま私はぐるりと周囲を見渡す。みんな二人一組を作り始めているみたいだ。あ、焦凍はあの…身長の高い男の子とらしい。私のペア、私のペアは、


「あれ、もしかして名前ちゃんもA?」
「…っ!みど、りやくんと…お茶子ちゃんも?」
「うん!デクくんも一緒だよ。名前ちゃんも縁があるねえ」
「よろしくね、苗字さん」


照れくさそうに笑った緑谷君が、頑張ろう、と言ってマスクを被りなおした。その仕草のひとつひとつにきゅうきゅう、と心臓が鳴き声を上げる。ああ、もう、神様ありがとう…


**


オールマイトが引き抜いたボールの片方、ヒーロー側チームを示すものにはAの文字。敵側チームを示すものにはDの文字。顔を上げたのは飯田君と、それから爆豪君。確か彼は入試を一位で突破した…ぼんやりと蘇る昨日の記憶。50m走で、手のひらから吹き出した爆発音。緑谷君の隣を恐ろしい速さで駆け抜けていった、特徴的なツンツン頭。

建物の見取り図を渡されて、三人でそれに睨み合う。覚えないとねコレ、と小さく呟いたお茶子ちゃんの方へ寄ってしまうのはなんとなく、恥ずかしさからだった。「そういえば名前ちゃん、クジ引くときちょっと緊張してたね」「だってオールマイトとあんなに近かったし…小さい頃から憧れてたけど、実際目の前にするとオールマイトは現実なんだ、っていうか」「優しくて、テレビのイメージと変わらんね」緊張をなんとか誤魔化したくて、お茶子ちゃんと笑い合う。


「相澤先生と違って、罰とかないみたいだし安心したよ」
「確かにそうかも。よく考えたら除籍なんて嘘だって思ったけど、一瞬ヒヤっとしたし」
「名前ちゃん、最初からウソだって分かってたん?」
「や、流石に入学初日から除籍は無いかなあって」


本当に誰かが除籍されるとしたらそれは恐らく緑谷君で――「「あ、」」思考の流れが一致したのだろう。お茶子ちゃんと一緒に振り返った先には緑谷君が見取り図を持ってカタカタと体を揺らしていた。「安心してないね、デクくん!」「大丈夫、こっちは3人なんだからなんとかなる、よ!」自分より緊張している人をみると、自分の緊張が溶けていくのが分かる。勢いに任せて緑谷君を励ましてしまったり、彼の表情がマスク越しでも分かるぐらい、集中を高めているのが分かるのに心臓が飛び跳ねたり、


「その、相手がかっちゃんだから…ちょっと、だいぶ身構えちゃって」


緑谷君の目が、徐々に細められていくのに見惚れてしまう。「爆豪君、バカにしてくる人なんだっけ」「凄いんだよ、嫌なヤツだけど…」緑谷君の少し曲がった、やや猫背な背中が小さく震えた。僕なんかより何倍も凄い、と爆豪君のことを褒めた緑谷君の背が徐々に、真っ直ぐ伸ばされていく。…爆豪君の能力は、多分爆発、で合っているはずだ。きっと私の力で押さえ込める。私も、私が、


「でも、だから今は負けたくないな…って」


控えめな声だったかもしれない。それでもその声は確かにお茶子ちゃんの耳にも私の耳にも届いたし、心を奮い立たせるには十分だった。「男のインネンってヤツだね…!?」「あ、いやゴメン!麗日さんにも苗字さんにも関係ないのに」「あるよ!私たち、チームじゃん!」ね、と振り返ったお茶子ちゃんにこくこく、と二度頷いた。…私だって!


「私も、拙いなりに精一杯頑張るから!」
「っ、うん!」
「よっしゃ、気合入れよー!」


お茶子ちゃんが突き出した拳に、緑谷君も私もならって拳を突き出す。かつん、とグローブ同士が衝突する音に私たちは笑いあった。同時に一人、心の中で私は私に誓いを立てた。――緑谷君の隣に立つ権利を、得るために彼を守ってみせる。



(2015/05/26)