07


どこか異様な雰囲気の銀髪の女の子がいきなり現れて、壁の中に入っていって…それがアクトの幼馴染のメーアだと聞いた時は酷く驚いたけれど、しばらくしてアクトが連れて出てきた女の子は、現れた時の異様な雰囲気の一切を無くしていた。

バトシエに戻り、私とマーニャは初対面だったメーアと向かい合う。初めまして、と快活な笑顔で笑う彼女はなんとなくアリーナと似ていた。マーニャも似たものを感じたらしい。実際、アリーナはメーアが戻ってきて本当に嬉しそうにメーアに抱きついていた。クリフトが非常に羨ましそうな目でメーアを見ていたのは見て見ぬふりをしなさいとマーニャに言われた。

私の目に一番大きく映ったのはアクトだった。自信に満ち溢れ、心から嬉しそうに笑うアクトはみんなのおかげだ、とメーアの肩を叩いた。その姿はやっぱりレックと重なって、私は彼が大切なものを取り返せたことを心から嬉しいと思うのだった。大切な仲間を失う悲しみは、二度とアクトに味わって欲しくないと思う。……バーバラを取り戻せるのなら、レックもみんなも、私も絶対にそうしただろうと思うからだ。


「ねえテリー、良かったよね」
「……そうだな」


テリーと同じテーブルに座り込んだ私は、グラスの中に残った氷に反射するテリーの横顔を見つめていた。素っ気ない表情でそれに返事をくれたテリーも、なんとなくだけどバーバラのことを思い返しているように思えた。「あいつもこれで、元の調子に戻るだろ」「結構楽しみかも、アクトの完璧な作戦ってやつ」「…まあ、案外頼れないわけでもないからな」案外、冷静な判断で理にかなった行動をするヤツだ、とテリーが小さく零したのを聞いて、テリーの中のアクトの評価がそこそこ高いことを認識する。私がアクトに惹かれるのと同じように、テリーもアクトに惹かれるものがあるんだろうか。なんだろう、アクトには…レックと同じように、人を惹きつける魅力があるみたいだ。やっぱりこの出会いは偶然なんかじゃないのかもしれない。神様が世界を救う勇者の歌を、最後まで見届けて作れって言っているのかも。

とりあえずは、アクトが大切なものを取り返した記念。小さく心の中でだけ呟いて、ハープの弦を優しく撫でた。嬉しいから、明るくなれる歌がいいな。ハープより笛の方が明るい音を出せるけど、でも今日はまだハープの気分で…「ナマエ」「…ん、なに?」なにを弾こうかなあ、とぼんやり巡らせていた思考はテリーの声に遮られた。あれ、テリーから話しかけられるって案外珍しいんじゃないのかな。顔を上げると、目を細めて私を見つめるテリーの顔がある。


「…テリー?」
「………………」


な、なに、テリーってば。自分から話しかけてきて、無言なのはどういうこと…顔を覗き込もうとすると、即座に身を引かれる。テリーの目は細められていたけど、何か言いたそうに彷徨っていた。なんだろう、テリーが言いたいこと……テリーが私に言いたいこと?予想が出来ない。うわ、すっごく気になる!なんだろう、テリーってば。


「言いたいこと、あるんじゃないの?」
「………」
「それとも何、呼んでみただけとか?」
「………何でもない。気にするな」


何でもない、と言ったきりテリーはそっぽを向いてしまった。なんとなくテリーの顔の方向を向いてみると、ビアンカさんとフローラさんがゼシカと楽しそうに言葉を交わしていた。……性格?包容力?それとも、胸?テリーもやっぱり男の子ってことなのかなあ。


「でもさ、テリー。言いたいことがあるなら、なんでも言ってよ」
「…いきなり何だ、お前は」
「私はテリーと一緒に旅をした時間は短いけど、でもテリーのことはすごく好きだし、大事な仲間の一人だと思ってるもの」
「…………………………」
「テリー?なに、どうしたの」
「……いい加減にしろ」


やけに低い声だった。苛立っているのを無理やり押し込めようとして、押し込められていないような。明らかに怒っているテリーの声に、思わずどくりと心臓が音を響かせた。「え、あ、ごめん…私が勝手にテリーのこと仲間だって思ってただけ、だったかもしれない」しどろもどろに言葉を紡いだけど、動揺は隠せそうになかった。そっか、と頭の中で冷静な私が囁いてくる。テリーは、私のことを仲間だって思ってなかったんだ…私が踏み込んでいい、と思っていたラインはテリーにとって不快に感じるラインだったのかもしれない。踏み込み間違えていた、という感覚がどくりどくりと直接心臓から脳へ伝わっていた。…そっか。

テリーが私を迷惑そうに見ていたのは、私が疎ましかったからか。でも案外、女の人に厳しく出来ないテリーはそれを私に言うことが出来なくて……「やっちゃっ、た……」じわじわと湧き上がってくるのは羞恥と、心苦しさが混ざり合ったなにか。レック達と同じ態度を取ることは、テリーにだけ許されていなかった。ああ、どうしよう…テリーの顔を直接見ることがしばらく出来そうにない。

ごめんなさい、と自分の脳でも理解出来ないままに謝罪を口にして、私はゆっくりと席を立った。なるべく自然な動作で、あまり音を立てないように。おいナマエ、とテリーの声が私を呼んだ気がしたけど、都合の良い想像だったらと思うと怖くて振り向けなかった。






(2015/03/05)