06


「ねえ、ナマエとテリーはどんな関係なの?」


海底神殿の最深部、アクトが壁の向こうに消えてしまって数十分。

アクトの試練が終わるのを待ちながら、ディルク様やジュリエッタさんが今後のことを話し合っている横で、私に話しかけてきたのはゼシカだった。……目をきらきらさせたマーニャのおまけ付きで。「どんな関係って…ええと、ううん……」「一緒の世界から来たってことと、一緒に旅をしてたことがあるってことしか聞いてないなって思ったのよ」「ただの友達ってわけじゃないんでしょ?」友達、になるのだろうかテリーは。そっとテリーのいる方へ目をやると、当の本人は目を閉じて壁にもたれていた。友達…友達というよりは仲間?でも私が、テリーを仲間と呼んでいいのかどうか。


「何、人には言えないカンケイ?」
「マーニャ、楽しそうにしないでよ。そんなんじゃないんだってば」
「何よ、つまんないわねえ」
「でも一緒に旅をしてたってぐらいなんだから、仲間なんでしょう?」
「仲間っていうにもどうなんだろ。テリーだけ過ごした時間、一番短いし…私は自分の夢を叶えて、叶えた後は唄を作りながらみんなが帰ってくるのを待って、世界が平和になったあとにレイドックで雇ってもらったから」


ぼんやりと思い出すのは、まだ幼い私が絵本を手にして心を躍らせていたときのこと。繊細なタッチで描かれたその絵本は、この世界にある美しいものを全て詰め込んだ一冊で、母さんが私にくれた宝物だった。空、海、森、神殿、城、町、村、…中でも一際幼い私の目を引いたのは、空を賭ける翼を持った馬、ペガサスだった。ペガサスはこの世界のどこかに本当にいるのだと、母さんが私に話して聞かせてくれたのを今でもはっきりと思い出せる。それは私の心の奥底で、いつか叶えたい夢として静かに息をしていた。

世界はとても美しいものであると私は伝えたかったのかもしれない。歌を作るようになって、楽器を扱えるようになって、故郷を飛び出して……旅を始めて吟遊詩人として、歌を歌うようになってもやっぱり考えてしまうのは天馬のことばかりだった。まず私は自分が出来ることを知り、増やし、それを掲げて色んなパーティやキャラバンに同席させてもらって…各地の伝承や魔物、建築物を調べてペガサスとの繋がりを探した。旅の中で生まれた歌はいくつもあるけれど、でもやっぱり一番輝いているのはレック達との旅の途中で生まれたものばかりだ。

レック達と会ったのはどこだっけ、と思い返してある人魚の姿が浮かんだ。そうだ、ディーネとロブがきっかけだった。偶然立ち寄ったペスカニで、私の歌を褒めてくれたおばあさんに代金替わりに本をもらって、それに書かれてた呪文の契約をしようと思って適当な洞窟に入ったら、人魚と村の漁師が仲睦まじく寄り添っていて……そっと席を外そうとしたら見つかって。その後色々あったけれど私はディーネと仲良くなって、ああそうだ。人魚の美しい歌声に私の音を重ねられたのは嬉しい体験だったなあ…それからしばらくして、レック達と出会った。レック達は大きな船を持っていて、ロブはレック達にディーネを故郷に送り届けてくれるように頼んで…私は最初、ディーネの付き添いでレック達のパーティに参加したんだった。でも、ディーネと別れた後も私はレック達にもう少し付いて行こうと思った。今までで一番居心地が良かったし、歌を喜んでもらえたし、何よりファルシオンに一目惚れをしてしまったというのが一番大きい。

夢の世界に行ったり、海の底に潜ったり、伝説に伝わる武具を目の当たりにし、それらを装備したレックの神々しさ。伝説の島、カルベローナ。ロンガデセオには初めて入ることが出来たんだっけ……そういえばレック達との旅は本当に楽しくてたまらなかったから、どのパーティとの旅より一番長かった気がする。…一番危険な旅でもあったけど。それでも運命の出会いだと思った、一目惚れをしたファルシオンが私の夢であるペガサスだったときは本当に驚いたっけ……あの時は本当に世界が輝いて見えた。

テリーと初めて顔を合わせたのはマウントスノーに行った時だったかな。…初めて見たのは別の場所だけど、多分テリーは覚えていないだろうから割愛する。でもマウントスノーかあ…あの村も相当印象的だったっけ。雪女に氷漬けにされた町。思わず指先が動いて、ハープの弦に触れた。ぽろん、と神殿の壁に音が響いてはっと我に返る。「…ナマエ?」心配そうに覗き込んでいるゼシカの目に、そういえばここは私のいる世界ではないのだと思い出した。思い出に浸ると、どうにもぼうっとしてしまうのは私の悪い癖だ。

そういえば光の塔はなんとなく、天馬の塔に似ていた気がする。…天馬の塔も綺麗なところだった。もう一度ハープの弦に触れて、弾く。私がテリーと過ごした時間は、そんなに長くないけどテリーも凄く印象深い人だ。テリーを題材にそれこそ一曲作れそうなぐらい。


「まあ、一緒に旅をしてた間も仲良くしようとしてたのは私ばっかりで、テリーは私のことあんまり好きじゃなかったみたいだけどね」
「ナマエはテリーのことが好きなの?」
「それは勿論好きだよ。最後まで一緒に戦うことは出来なかったけど、大事な仲間の一人だし」
「「………」」


黙り込んだゼシカとマーニャが顔を合わせて首を振った。「じゃあ、アクトはどう?」「アクト?」ゼシカの問いかけに、壁の向こうで試練を受けているのであろうアクトの姿を想像してみる。大切な存在のために、必死で戦う姿は…「すごく格好良くて、でも放っておけない、かなあ…」そこまで言葉にして、もう一度考える。欲を言うのなら、レックがハッサンやミレーユ達に支えられていたように、アクトを支える仲間の一人に私もなりたいなあ、って思うかな。


思い返せばレック達との旅は長かったけれど、テリー単体とはそこまで長い付き合いではないことをぼんやり思い出した。過ごした時間が濃厚過ぎたせいで、あんまり意識しなかったのかもしれない。

テリーがレック達の旅に加わったのはヘルクラウド城の戦いの後だった。最初はミレーユさんとばかり一緒にいたテリーも、食事を一緒に囲む回数が多くなるにつれてゆっくりとレックたちに馴染んでいった。チャモロはなんだかんだテリーの怪我を心配したし、レックはテリーの技を頼りにしたし、何より夢の世界に行く前に立ち寄ったアークボルトで仲間になったドランゴが、テリーの近寄り難さを一瞬にして溶かしてしまった。あれだけ懐かれている様子を見せられて、和まないはずがない。

それから夢の世界でゼニス王に謁見して、天馬の塔でファルシオンがペガサスになって……ファルシオンの背で見下ろす世界は、今まで見たどんなものよりも美しかった。幼い頃からの夢を叶えた私は、レックたちが手綱を改造してもらうためにヘルクラウド城に戻った時、レック達に別れを告げることに決めたのだ。想像していたよりも遥かに大きなものを得てしまったから、それを言葉や歌、音として残すためには旅をやめる必要があった。

狭間の世界へ行くレック達を見送ったのはレイドックでだった。帰ってきたらナマエをレイドックで雇ってあげる、と笑顔で約束したレックは、本当に無事に帰ってきて私との約束を果たしてくれたのだ。

アクトにも、約束を果たして欲しいと思う。彼は幼馴染と、世界を守るために絶対に負けないと約束していたらしい。約束したんだ、と小さく繰り返したアクトがどうか、試練を乗り越えて大切な人を取り返せますように。私はそう、願うだけだ。






(2015/03/05)