02
説明を省かれたまま戦闘に参加し、とりあえず自分の身の安全を第一に覚えている限りの呪文をありったけ使い、周囲の魔物を一掃したところで、私はこの世界の王であるというディルク様からバトシエという空艦に招待された。ジュリエッタと名乗った女性の発明品であるらしいそれは、空に居ることを感じさせないぐらいに揺れない。

まったく何がなんだか分からない私に様々な事柄を説明してくれたのはアクトだ。彼は王都エルサーゼの親衛隊長の一人らしく、もう一人の親衛隊長である幼馴染を救うために私が閉じ込められていた塔を上り、光の女神に会うのだという。この世界は今、ヘルムードという男によってエネルギーのバランスを崩されていて、魔物と共に生きていたアクト達はその魔物と戦うことになっているのだと。…なんとなく、言葉の端々からテリーと似たものを感じ取ったのは余談。テリーがアクトにライバル心を抱いているのではないかとか、そういったものを感じたのも余談。

ここにいる一部の人間(テリーや、アリーナ達)は私と同じように、ここではない別の異世界から来たらしい。正直私は小さな部屋に閉じ込められていただけなので、異世界に居る、実感が沸くはずもない。でもワールドマップを見せてもらえば私の知っている世界地図とは大きく異なるし、小さな知識が食い違っていたりするし、私の笛やハープの文様がこの世界では見かけない珍しい模様だ、と言われたりするのを繰り返せば、流石にじわじわと実感が沸いてきていた。酒場に案内されてその場に居たアリーナやヤンガスといった、主に前線で戦うメンバーを紹介される。アリーナは異世界の王女らしいけれど、扉を蹴破った動作からも分かる通りそのあたりの戦士なんかじゃ太刀打ち出来ない強さを誇っているみたいだった。なんでもクリフトによるとこの世界に来たばかりの時、飛んできた瓦礫を蹴り飛ばしてギガンテスに当てたとかなんとか。細いのに恐ろしい脚である。

それでも本当、知り合いが一人でも居て心から良かった。「テリー!」呼びかけると、剣の手入れをしていたテリーが眉を顰めたそのままでこちらを振り向く。あのひねくれた態度はやっぱり本物のテリーだ、と心の奥で安堵の溜息を吐いた。剣の手入れを欠かさないマメさも、なんだかんだ私が近くに来るのを(嫌そうな顔をしているけど)待っている素直じゃないところも。うわあ、本当に懐かしい!


「テリー、ほんと久しぶり!何年ぶり?たまにはレックのとこにも顔見せなよ」
「余計なお世話だ」
「ミレーユのところにもこまめに顔出さないとダメだよ」
「……俺が負けるはずないだろ」
「そういう問題じゃないって知ってて言うんだから」
「お前には関係ない」
「ひっどいなあ、チャモロとかハッサンはちょこちょこ遊びに来てくれるし、ミレーユだって二ヶ月に一回ぐらいはレイドックに遊びに来るよ」
「……………」
「そういえばテリーってルーラ使えないんだっけ」
「黙れ」


フン、と鼻を鳴らして剣の手入れに戻ったテリーの前に回り込んだ。「呪文の契約すればいいのに」「必要ないだろ」「レックも最近公務に縛られてばかりだから、誰か遊びにきたときぐらいじゃないと開放されないんだよ」「……」少しだけ、目を細めたテリーを覗き込むと、どこかを懐かしむような目の色になっていた。レックか、と小さく呟いたテリーの声にそう、と頷くと鞘を手にしたテリーが立ち上がる。


「あいつとも、まだ決着を付けていなかったな」
「あいつ"とも"?」
「こっちの話だ」


とにかく、と私を睨むように見据えたテリーがひらひらとグローブを嵌めた手を振った。「今のところ、オレはアクト達の仲間としてある男を追ってるんでな。お前はどうするんだ?」「え、どうするもなにもどうしたらレイドックに帰れるの」「知るか」ばっさりと切って捨てたテリーも、帰る方法が分からないんだろう。「うーん、私ねえ…攻撃じゃ力になれないしなあ…うーん……あ!」「なんだよ」何か思いついたのか、と無言の圧力が言葉を促す。


「ここって異世界だよね?」
「何回も言っただろ」
「つまり、普通の生活してたら絶対に味わえないような体験が出来る!」
「………」
「景色も違う、風景も違う、風の香りも植物も文化も違う……」
「……それが?」
「分かんない!?刺激!刺激がたくさんあるってことだよ!」


刺激があれば、創作意欲が沸く。創作意欲が沸けば、新しい歌が作れる!魔物と人が共存していたというアクトの言葉が本当なら、この世界は私に新しいものを見せてくれるに違いない。「テリー、私もアクト達に付いて行くことにする!」「……そうか」半ば呆れた様子で背中を向けたテリーの腕を迷いなく掴んだ。なんだよ、と不機嫌そうな声で振り払われそうになるのを堪えて、もう一度テリーの腕を引く。「何って、テリーからも私の加入をこう…進めて欲しいなって?」

ファルシオンに喜んでもらう歌のために、と心の中で付け足しながらお願い!と頭を下げると深い溜息が吐き出されたのが聞こえた。なんでオレが、と面倒臭いと言わんばかりなのを隠そうともしないけれど、どうやらテリーは協力してくれるみたいだった。






(2015/03/04)