レックとの可能性


「ねえレック、あなたはナマエが好きなの?」
「好きかって、そりゃ好きじゃなかったらあんなこと言わないって」
「随分あっさりと認めるのね」
「ミレーユだって、ナマエは好きだろ?」
「……えっ、そっち?」
「そっち?」


ぱちぱちと目を瞬かせたレックの頬は赤くなっているわけでもなく、ただそこには当たり前のことを言っているだろ、という空気が流れていた。あらら、と小さく呟いたミレーユの様子にレックが気が付くはずもなく、影でこっそりと話を聞いていたチャモロとバーバラは揃って溜息を吐いた。確かに三人はレックがそういうヤツだと知っていたけれど、こればっかりは溜息も吐きたくなるわよねえ、とぼやいたバーバラにチャモロが頷く。

丸一日前、ナマエに全員を代表して別れを告げたのはレックだった。目的を果たし、その後やりたいことが出来たナマエ。流れで、とはいえ魔王退治の旅に加わった彼女は、最後まで着いていくか、自分の欲求を優先するかでしばらく揺れていた。それを知っていたレックは、戦力を落としてもナマエを優先することに決めたのだ。俺達は明日出発する、お前はここに置いていく―――レックの言葉に、レイドック城の王宮の庭でファルシオンのスケッチをしていたナマエの指先からペンが落ちた。でも、と困った声を出すナマエの表情は全員が見ていた。誰も、次の言葉を告げなかった。ナマエとはもっと一緒にいたいけど、でも、と。ナマエは旅の目的を果たしたのだから、と。

言葉を次いだのはやはりレックだった。ナマエ、と呼んだ声に戸惑う瞳が揺れていた。全員が見守る中で、帰ってくる、とレックがナマエに笑顔を向けたのだ。狭間の世界から、デスタムーアを倒して生きて帰ってくる、と。伝説の武具で覆われたその体を、眩しそうに見つめるナマエはしばらく迷って、待ってるから、と言葉を返した。まずレックを見つめ、次にハッサン、ミレーユ、バーバラ、チャモロ、アモス、テリー、ドランゴと続いたそのナマエの目には常に、レックの姿が写っているように(恐らく、全員にそう)見えていた。極めつけはレックの最後の言葉だ。レックはナマエの手を取り、世界を平和にして帰ってきたら、ナマエをレイドックで雇うから、行くところがないのならこの城に腰を落ち着けて俺と一緒に暮らそう、と。それに嬉しそうな表情で頷いたナマエの顔も、全員がきちんと確認している。そこには二人だけの空間があって、テリーはそれを見た瞬間に踵を返してどこかに行ってしまった。仲間になって日が浅いから、気まずかったのだろうとバーバラが出した結論にミレーユとチャモロだけは少し苦い顔をしていた。

ハッサンはこの手の話題に疎いし、アモスも若いのはいいですねえ、と言うばかりで頼りにならない。ナマエがレックのことを好きかもしれないだとか、レックがナマエを将来のレイドックの妃として迎えるつもりなのかもしれないとか、考えるのはいつだってバーバラやチャモロ、ミレーユばかりだった。…ミレーユはレック、でもナマエ、と考え込んでしまうしチャモロもちらちらとレックさんは本気でしょうか、と本人たちの方を伺うからバーバラが二人を引っ張る形で巻き込んでいたのだけれども。


「じゃあレック、一緒に暮らすっていうのは」
「言葉通りだよ。……なんていうかさ、あいつも…」
「ナマエが、どうかしたの?」
「……いいや、別に」


バーバラと、バーバラに服の裾を掴まれたチャモロと、ミレーユは結局、レック本人からは曖昧な言葉しか引き出せなかった。結局三人が出した結論は、(バーバラとしては)残念なことだが、レックはナマエに恋愛感情を抱いていないらしい、ということだった。それでも直接聞き出す役に回ったミレーユは確かに感じ取ったのだ。…ナマエとレックの間には、仲間とは別の確かな絆と信頼があることを。


**


『…ここがレックの故郷かあ』
『まあね。さっきの王様と女王様、綺麗だったろ』
『うん。すごく優しい人だった』
『……父親と、母親なんだ』


王宮の庭で空を見上げながら、レックが少し寂しそうに目を揺らしたのをナマエははっきりと覚えている。ムドーに魂と体を二つに分けられ、夢の世界を彷徨っていたレック。故郷は、故郷でなかったレック。孤独な王子となった彼に、妙な親近感を覚えたあの瞬間も、ナマエははっきりと記憶している。

"今"ここにいるレックは体を取り戻す前のレックであり、レックじゃない。現実のライフコッドで出会ったもう一人のレックは、夢の世界から旅立ったレックに上書きされることを受け入れた。そうしてもう一度、ひとつの体に戻ったレックの本当の故郷はもう、どこにもなくなったのだ。バーバラが消え、夢の世界を行き来することが出来なくなり、レックの故郷はどこにもなくなってしまった。現実のライフコッドは夢の世界のライフコッドではない。ターニアの戸惑い、すっかり変わってしまった息子に戸惑いを隠そうとする王と女王、そしていろんなものが変わりすぎたせいで、今はまだ仲間のいる場所でしか素直になれなくなったレック。

ナマエは船の揺れで眠れない夜、レックに自らを打ち明けていた。恐らく普通の人間でなかった母親のこと、存在を知らない父親のこと、二度と踏むことはない故郷の土と珍しい草木のこと、――自分の追いかけたい夢のこと。その夜はやけに気弱になっていたナマエの話を、なにも言わずに聞いていたレックに、ナマエはぽろりと零したのだ。故郷には帰れない、帰るつもりもない、でも――…いつか旅を終えたその先に、新しい故郷が、帰る場所が出来ている日を夢見ていることを。

孤独でないように見えて、孤独だった。きっと支えあって生きていけた。気のしれた間柄となってからは、特にナマエはレックに信頼を寄せた。それは感情を共有し、お互いがお互いの背中を押して、次のステップに進むためだったのかもしれない。


偶然、背中合わせになっただけ。変化を起こそうとした青色の影が躊躇っていたら、背中合わせから向かい合った二人は、そのまま近づいて手を握り、それを一生離すことはなかっただろう。それも、きっと一つの未来。どちらが幸せか、なんて本人たちにしか分からないけれども。




(2015/05/27)

ヒーローズで距離を詰めなかったらそのままレックと幸せな未来があったかもしれないそんな話