魔剣士 3


この世界や他の…例えばアリーナ達の世界や、ゼシカ達の世界ではエルフという種族が存在する。ビアンカやフローラ達の世界では、お伽話に妖精という種族が存在するらしい。それも多分、エルフに通じるものがある種族だ。私達の世界はお互いに、似ているところもあるけれども違う部分がいくつもある。……次元そのものが違うからかもしれない。

私達の世界にエルフはいない。旅をする中でその存在についての話は聞いたことがなかったし、母さんだってそんな種族の話をしてくれたことはなかった。けれどそれでもグランゼニス城、カルベローナ……不思議な場所はいくつもあったし、レックから私は精霊ルビスの話を少しだけ聞いたことがある。私達の世界には、まだ私の知らない知識がいくつも眠っているのかもしれない。

それでもピサロの言葉は私を酷く動揺させた。エルフ。…私が?人間によく似ているとは言ったけど、それって私が人間じゃないみたい。確かに、普通の人より呪文に長けている部分があるかもしれない。それでも出来ないことは多いし、得意不得意は誰にだってあるはずだし、……人間じゃないなんて。そんなわけ、そんなわけない、よ!


「……っ」
「あ、」


指先に思いっきり、力が集まっていたみたいだ。「…ごめん」流石のテリーも怪我をしている手首を力いっぱい握られたら、そりゃあ痛いだろうと思う。眉を寄せたテリーにホイミを唱えて掴んでいた腕を解放した。非常に不機嫌そうなテリーは、そのまま私を見つめている。さっきのあれは何だ、って目線が私の言葉を促している。

テリーの目線からそっと、目を逸らしてしまった私は臆病者だろうか。「…知らない、よ」自分に言い聞かせるみたいに呟いてから、不安な気持ちを押し込めたくて私はテリーに背を向けた。――脳裏に浮かぶのは、母の横顔。
端正な顔立ちをしていた。知識が豊富で、自然と共に生きていかなければいけない、と私に何度も繰り返していた。そうだ、だから――私は相手を直接傷つける呪文を覚えようとも思わなかった。惑わし、弱らせ、自分を守り、癒して…母さんと私は生きていたのだ。

父の存在について考えたことはなかった。母さんも、存在を匂わせなかった。それでも母さんが私が一人前になるまで私の傍を離れられないのは分かっていたし、一人前になっても私から離れない限りはずっと一緒に居るのであろうということもなんとなく。私が旅に出たのは自分のためでもあって、同時に母さんを私から解放するためでもあったのかもしれない。…きっともう、二度と会うことはないだろう。だからあの人がどういう存在であったのか、私には知る術がないし…同時に私がどんな存在であるのかも分からない。


「テリーはさ、……あー、いいや」
「なんだ。…言いたいことがあるならさっさと言え」
「いいよ、テリーの答えは知ってるから」
「なんなんだお前は…」


呆れたような声は隣まで来ていた。いつものデッキ、いつもの場所。隣にはテリー。結局ジュリエッタとの約束は破ってしまったけど、夕日に照らされたエルサーゼの街を見下ろしていれば、私の心は落ち着いてくる。

いいよ、別に。誰にも望まれないわけじゃなかった。少なくとも母さんは私を望み、愛し、産んで育てた。私は私自身を認め、望んでいる。十分に幸せだし、最高の仲間を二つもの世界で得られたのだ。――…テリーも、私を望んでくれている。

例え同じ種族じゃなくても、みんなと少し違っていても、そんなことを気にする人はここにも、向こうにもいないのに…迷う必要がどこにある?大切な仲間と笑っていられれば、それで十分に幸せだ。きっと、それが正解だ。ディーネはロブを愛していた。レックはずっと、バーバラが立っていた場所を見つめていた。アクトもメーアも、光の一族だけど…ヘルムードを許そうとした。…テリーだって、ドランゴの気持ちを蔑ろにしたことはなかった。つまりは、そういうことなのだ。

ピサロにもピサロで、思うところがあったから私にあんなことを言ったんだろう。…きちんと誤解だって言わなきゃなあ。とにかく、きちんと体調が元に戻ってからもう一度ちゃんと向かい合って話をしよう。


「テリー、さっきはありがとね」
「別に。礼を言われるような事じゃないだろ」
「そうかなあ」
「たった一回のベホマズンで体力も魔法力も使い切るぐらいなら、お前も城に避難しておけ」
「……そうならないように努力する」


最もなテリーの言葉は厳しいけど、確かにその通りだから言い返せない。でもテリーは何とも思っていない人間にそんな言葉を掛けるやつじゃないから、それを知っているから少しだけ嬉しく思ってしまうのだ。「背中は任せてよ、最強の剣士さん」「…当然だろ」あ、テリーも少しだけ嬉しそうになった。―――もう不安は、残ってないかな。


**


「やだちょっとピサロ、覗き見?」
「…人聞きの悪いことを言うな」
「ふうん、ナマエとテリーねー…残念だけどナマエは売約済みよ」
「あいつは人間か?」
「何それ。それってソロに喧嘩売ってる?買うわよ」


口を尖らせたマーニャは、でもまあ、と一瞬だけ匂わせた剣呑な雰囲気をすぐに冗談めいたものに変えて口元を緩ませた。「別に良いんじゃない?なんでも。人間だろうが魔族だろうが、妖精だろうがそれ以外だろうが。そんなの一番良く知ってるんでしょ?」――示されているのは、今は隣にいないエルフの存在。
ピサロはそういえば天空の勇者も、天空人の血を引く人間とはまた少し違った存在だということを思い出した。扉の向こうで青い剣士と、街を見下ろしている少女もそれに通じるものがあるのだろうか。


「……戸惑わせたか」
「ナマエに手なんか出してみなさい。マーニャちゃんの特大魔法が飛んでくるから」
「……………」
「え、やだ、ちょっとまさか本当に何かしたの!?」
「…さあな」
「楽しそうにしないでよ…ああやだやだ」






(2015/03/30)