ラッパ


「ナマエさん、少しお時間をよろしいでしょうか」
「クリフト?どうしたの、深刻そうな顔して」
「いえ、あの……相談というか、テリーさんが、ですね」
「な、なに?勿体ぶらないでよ」


促すと、クリフトは少しだけ視線を彷徨わせてから俯いた。その頬を少しだけ赤くなっていて、益々私はわけがわからなくなって顔を傾けた。「ナマエ、さんは…その、楽器がお上手ではないですか」「う、うん……吟遊詩人だしね」いやまあ全世界の吟遊詩人が全員、あらゆる楽器を使いこなせるわけじゃないけれど、私は一応、ひととおり楽器を扱える。でも一部以外は広く浅く、といったところが多いし、そもそもそれがどうしたっていうんだろう。お上手って言っても特に好きで得意なのが笛とハープってだけで、全部が得意ってわけじゃないんだけど。


「実は、少しラッパを教えて頂けないかな、と」
「…ラッパ?」







姫様が聴きたいと仰られたので、と言うクリフトの出す音を聞いてみれば、なんというか……おもちゃのラッパみたいな音だった。最初はクリフトの持っているラッパそのものがそういう音を出すのかと思って、試しに私が吹いてみるとなかなかいい音が出せたから困る。

ラッパに関しては私も吹けるだけで浅い知識しかなかったから、私はルイーダに頼んで楽器の本を貸してもらった。あの神官さんね、と妖艶に笑ったルイーダには謎が多いからあんまり深く追求しないで、本を手にクリフトの元に戻る。ページを捲りながら口の動かし方なんかを一緒に研究して、お手本のために私がクリフトのラッパを受け取った時だった。――扉が開いて、予想外の人物が顔を覗かせる。


「…テリー?どうしたの」
「ああテリーさん!遅いですよ、もう!」
「待てクリフト、俺はこいつが居るなんて聞いてないぞ」


えっどういうこと、なんて聞く暇もなくつかつかと歩み寄ってきたテリーが私の手からラッパを取り上げた。テリーの手にはラッパが二つ。…二つ?


「テリーさんが勧めてくださったんじゃないですか!ナマエさんを」
「俺はナマエに教わればいいとは言ったが、せめてラッパぐらいもう一つ…」
「え、テリーも吹くの?」
「お前、吹いたのか」
「いや吹いたけどそれが」


何、と言う前にテリーが私の口元を手袋でそのまま拭った。「な、」「黙れ」バカが、と小さく吐き捨てたテリーの不機嫌の理由が分からないまま、ごしごしと拭われる口元に私は立っていることしか出来ない。クリフトも不思議そうだし、私も不思議だし、……ううん、テリーは分からないことも多いなあ……私の口に何か付いてたりしたかな?





(2015/03/15)

自覚なしの時の話