16


「……っ、うあ」
「ナマエ!?よかった、気がついたんだね!」
「……ホミロン?」


ここは、とホミロンに問いかけた瞬間何かの爆発音が響いて私の声はかき消された。…それはばくだん岩が爆発する音だったみたいで、岩場の一部ががらがらと音を立てて崩れていく。鼓膜を突き刺すような咆哮の主はキングヒドラで、テリー達は道を遮るそいつと戦っているみたいだった。周囲の熱を孕んだ空気。澱んだ雲の色。ここはまだ、次元島らしい。

なんとか倒せそうだよ、と笑うホミロンが私に触れる。この島はもうすぐ崩れちゃうんだ、と状況を説明しながらホミロンが私に回復呪文を唱えてくれた。…自分で掛けるホイミより、やっぱり自分以外から受けるホイミの方が心地良いような感じがするのは気のせいだろうか。空っぽの魔法力を補充する手立てがないまま、私は戦いの様子を見ていた。キングヒドラが息を吸い込むのに引かれて、岩と共に落ちてきたばくだん岩が転がっていく。


「ねえホミロン…ヘルムードは、どうなったの?」
「アクトとメーアと、みんなでやっつけたよ!でも…」
「でも?」
「闇竜は、復活しちゃったみたいなんだ」


だから早くこの島を脱出しなきゃいけないんだ、と力強い目で私を見つめるホミロンの目と、呼応するようにホミロンの冠が少しだけきらりと光った気がした。――同時に、再び爆発音が響いて、岩場を崩しながらキングヒドラの体がマグマの海へ落ちていく。とどめを刺したのはテリーのようだった。
落ちていくキングヒドラに、全員が勝利を確信していたのだろう。武器を仕舞うアクト達の目の前で、キングヒドラの首の一つが重力に抗おうと口を開いた。噛んだのは、私達が来るときに渡ってきた簡易的な橋だ。当然、キングヒドラの重みに耐え切れず崩れ落ちていく橋に全員が一瞬で言葉を失う。

ホミロンと駆け寄っていって覗き込むと、木の板がマグマに一瞬で焼き尽くされているところが見えた。「ナマエ!」こんな時に気がついちゃったの!?と私の肩を掴むメーアの目を見ることが出来ないまま、私は周囲を見渡した。――みんな、焦っている。困惑している。ヘルムードを倒せたのに、こんなところで。

無茶にも飛び越えようとするアリーナをクリフトが止め、天を見上げたフローラさんは祈るように手を組んでいる。ジュリエッタは焦ったようにバトシエの通信機を揺らして、万事休すか、と眉を潜めるディルク様にはマーニャが駆け寄っていって何か言っていた。メーアも焦りからか私の肩から手を離して、アクトに詰め寄っている。そんなメーアに冷静な表情を崩さないアクトも、今回ばかりは苦い顔だ。


「テリー」
「…ナマエ」


――テリーも、苦々しいと言わんばかりの表情だった。その顔に何故だか触れたくなって、私はなんだか泣きたい気持ちになる。……帰りたかったな、私の世界に。テリーと一緒に帰りたかった。けれど現状この状況を打破する手立てはなくて、このまま私達はキングヒドラと同じようにマグマの海に沈むしかない。
テリーは、何も言わなかった。私も何も言えなかった。言葉のないまま、テリーが私に腕を伸ばす。頬に触れたその手に思わず俯きそうになったけど、顔を上げたまま私はテリーに微笑んだ。少しだけ目を見開いたテリーの表情に、ぼんやりと心が固まった気がした。



助かるでがすよ、と叫んだヤンガスの声に振り向くと、テリーは何事もなかったかのように私からゆっくりと手を離していく。それを少しだけ寂しく思いながら、私もヤンガスとゼシカの指が示すままに空を見上げた。そして、思わず目を見開く。


美しく煌く羽を広げて飛ぶその巨大な鳥は、あの日私がレイドックに帰る道の途中に見かけた美しい鳥だった。嬉しそうなゼシカの言葉とヤンガスの表情に、全員の顔が緩んでいく。―――目の前に降り立ったレティスの背中に乗って、私達は崩れ行く次元島から抜け出した。



最後に名前を呼びたいと思ったのは、テリーだった。触れられた頬の熱は心地良くて、私の体をじんわりと包み込む。「テリー」「…なんだ」「最後じゃなくて、良かった」心からそう呟いたら、なんだか酷く安心した。
テリーが鼻を鳴らすのが聞こえる。レティスの柔らかいその羽に足を埋めて、私はテリーに背を預けた。崩れ行く次元島の向こうに、海と空が混じる境目があった。酷く穏やかな気持ちでそれを見つめた私は、テリーに預けた背中の暖かさに負けて思わず目を閉じていた。……背中を預けているのがテリーじゃなかったら、眠くなんてならないのかな。いつもみたいに興奮して、レティスのことをゼシカやヤンガスに問い詰めていたかな。……テリーだったら。テリーじゃなかったら。


「…やっぱり、難しいね」
「何がだ」
「なんでもないよ」


**


美しい神の鳥、レティスのこと。優しく響くその声のこと。復活した闇竜シャムダのこと。みんなのこと。――テリーのこと。

バトシエに戻ってきて、ジュリエッタに寝かされたベッドで考えるのはそればかりだった。体調は多分、シャムダの攻めてくる頃には回復するだろうと。それもこれもジュリエッタの発明品のおかげだった。見たこともない機械で私の体は確かに放出し尽くしたと思われる魔法力を取り戻している。…生きてここに帰って来られて、本当に嬉しい。

気持ちは、もうほとんど固まっていた。枕元に置かれた笛とハープを見つめて私はゆっくりと目を細める。美しいものを、恐ろしいものを、伝承を、自分の見たものを、ありのまま誰かに伝えていきたいのだ。……その隣に彼が居てくれたら、私は。






(2015/03/13)