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次元島に上陸した私達は、複雑な島の地形とおびただしい数の魔物に酷く悩まされることになった。バトシエへ続く道を守るエルサーゼの兵士にホミロンを任せ、火山に登る道を探しながら襲い来る魔物を打ち倒していく。……が、流石に限界がきた。魔物の数があまりにも多過ぎる。

全員がまとまって行動するのも効率が悪い、とアクトが言った。現に山頂へ登れそうな道を見つけた私達がホミロンのところへ戻ると、兵士達はまおうのつかいを初めとしたモンスター達に襲われていたのだ。良く見るとバトシエへ続く目の前の段差は登ることが難しそうなのに、下りてくるのは簡単そうだった。魔物の数はともかく地形は、と唸ったアクトは眉間に皺を寄せて考え込む。

まおうのつかいを倒した後、作戦を立て直そう、とアクトは全員の顔を見渡した。「まずは……そこの段差から降りてくる魔物を兵士たちと一緒に迎え撃つ人間を決める。残りのみんなはそうだな、ペアを組むんだ。そして各々がこの周辺の魔物の扉と魔物を一掃する。…効率は悪いが、ヘルムードのことだ。儀式を止めようと俺達が急いて責めて来るのを見越してバトシエも狙ってくるかもしれない。この魔物の数を放っておけば、ヘルムードと戦っているあいだにバトシエが狙われる…なんてこともありそうだからな」バトシエを振り返りながら唸るアクトの意見に、意を唱える者はいない。多分、ヘルムードはそういう男だ。

「疲労は溜まるだろうが…魔物達に足止めされて闇竜が復活してしまうのはどうしても避けたいからな。安全策を取ろうと思う。あまり時間は掛けられないが、なるべく多くの番人を倒して来てくれ。俺がバトシエの周囲を安全だと判断したらライデインを唱えるから、それを合図に全員一度ここに戻って来るんだ。後はこの道を兵士たちに任せてから俺達は進む。それから…」「もう、また長いやつ!?」メーアが我慢出来ないと言わんばかりに口を挟んだけれど、アクトは真剣な顔のままペアについてだが、と言葉を続ける。


「連携が確実な者同士、なるべく前衛と後衛を意識してペアを考えようと思う。同じ世界から来た仲間同士が一番良いだろうから……俺とメーアを前衛にジュリエッタがサポート、アリーナを前衛にクリフトとマーニャが援護……ゼシカとヤンガスはお互いがお互いをサポートしながら戦ってくれ。ナマエはテリーの補助を頼む。ディルク様は兵士の指揮を取り、ビアンカとフローラはディルク様と共にそこの段差から下りてくる魔物を迎え討つ……どうだ?」


異論はない。メーアを含む全員が頷いたのを確認して、アクトは自分の剣を抜いた。「扉の番人を倒すことをメインに、臨機応変に立ち回ってくれ!」一番に敵陣に突っ込んでいくアクトと同じタイミングで走り出したメーアは、アクトを後ろから襲おうとしていたメイジキメラを空中に舞い上がって剣で払う。メーアの周囲に群がるリビングデッドをジュリエッタがブーメランで蹴散らして、三人は坂を上がっていった。「クリフト、マーニャ!私達も行くわよ!」「姫様、お待ちください!」「はいはーいっと」続いてアリーナが、それを追いかけるクリフトとマーニャが島の西側へ走っていく。

「じゃああっしらは…」「行くわよ、ヤンガス!」ゼシカも走り出し、慌ててそれを追いかけたヤンガスとゼシカもアクト達と同じように坂を登っていった。多くの魔物が上からこちらに下りてきているから、きっと上には複数の扉があるのだろう。ゼシカ達は恐らく途中でアクト達とは別方向へ向かうはずだ。段差から下りてきてこちらに向かってくる魔物はフローラさんの魔法に惑わされ、ビアンカさんの弓矢とディルク様の一撃で沈められてゆく。


「行くぞ」
「……うん」


任せたからな、とテリーが小さく呟いたのを聞いたのは私だけでいい。走り出したテリーの背中を追いかけながら、私は彼の背中にバイキルトを唱えた。次の瞬間、周囲に煌く雷系の斬撃が私に毒を吐こうとしたリビングデッドの体を貫いていく。

頭の中はいつも以上に冷静だった。襲い来るブレスにフバーハを、呪文での攻撃にマホカンタを、テリーの前に立ちはだかる大きな魔物にはマヌーサと、ラリホーマを。属性攻撃の強化にフォースと、常に回復するようにリベホイミを。自分にステルスを唱え、周囲をマジックバリアで囲いながら動く。覚えている限りの全てを駆使して、私はテリーを援護していた。――…絶対に、足手纏いにならないと強く自分に言い聞かせながら。

どうしてこんなに必死になっているんだろうと考えながら、魔物を打ち倒していくテリーの背中を見つめた。…最初は、少しだけ怖かったんだっけ。でもデュランとの戦いの後は切ない人だと思ったし、ドランゴに懐かれて困惑するテリーは私と同じぐらいの齢の少年の顔だった。戦う時は楽しそうで、本気になったら目の色が変わって、照れると目を細めて視線を逸らす。そんなテリーをもっと知りたいと思ったし、仲良くなりたいと思っていた。

―――この感情が、テリーが私に向ける感情と少しでも似ているのならば。


「…テリー!」


叫んだ声はテリーの耳に、確かに届いたようだった。目線を一瞬だけ私に向けたテリーは、目の前に対峙したドラゴンソルジャーの頭に向かって斬りかかる。オノでそれを受け止めたドラゴンソルジャーにマヌーサを唱えて、私は一瞬だけ空を見上げる。黒い煙で澱んだこの島の空も、これはこれで美しいものがあるのかもしれないけど……でも、やっぱり私が好きなあの空の色をこの世界にも取り返したいと思うのだ。そうして空から地上を見下ろすあの美しい景色を、この世界でも見てみたい。バトシエに乗って、デッキでテリーと。

私の幸福の隣に、テリーは立っていてくれるだろうか。

惑わされて、何も無い場所にオノを振り下ろすドラゴンソルジャーをテリーは光の粒に返した。私達の周囲に魔物の扉は、もうほとんど見当たらない。全部テリーがやってしまった。私を振り返ったテリーの剣が魔物の血で濡れているのを見て、やっぱりテリーは強いんだ、なんてこんな時に再確認した。……本当、どうしてこんなに強いテリーが私を好きになったんだろう。私はテリーの嫌いな弱い人間にカテゴライズされてしまうんじゃないの?――聞きたいけど、今はそんなに余裕のある時間ではないから私は言葉を飲み込んだ。…テリーが、また射抜くような目を私に向ける。その目に、今は答えられないかもしれないけど。


「私、何も考えてないわけじゃないから」


テリーが微かに目を開いた後ろで、アクトのものと思われるライデインが上空の黒雲から放たれて落ちた。何かを言いたそうなテリーに腕を伸ばすと、珍しく戸惑ったような目が揺れた。それは確かに私の指先が触れるのを見ていた。私の心臓は、微かに跳ねている。
行こう、と自分のものよりごつごつとしている手首を掴んで、引いた。「…ヘルムードは、きっとみんなで力を合わせないと倒せないよ」






(2015/03/09)