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「あ、やっと見つけた!もう、何やってたのよナマエってば!」
「ごめんねメーア、ちょっと準備に手間取っちゃって」
「さっきも探したけどどこにも居ないし、…心配してたのよ?」


何かあったのかと思っちゃった、と目尻を下げたメーアにはそういえば、心配を掛けていたんだと思い出す。デッキで風に当たってたの、と言うと彼女は納得したように頷いた。「…で、ナマエ。里での戦いはらしくなかったけど、気分は変わった?」…変わった。あんなことがあって、変わらないなんて有り得ない。

…なんてメーアに打ち明けるわけにもいかないから、私は静かに頷いた。「私、もう足を引っ張らないようにするよ」…テリーの行動には正直、今も考えが追いついていない。どんな考えでテリーがあんな風に私を抱きしめたのかも知らないし、抱きしめられて体中が沸騰したみたいに熱くなった自分のことも考えたくなかった。まるで白昼夢を見ていたかのような気分だけど、……けれどあれは現実だった。確かに、テリーは私を抱きしめた。感覚は確かに残っていて、思い出すとどうしても落ち着かない気分になる。頭の中が真っ白になっていた。名前を呼ぶ声が、掠れて風に消えていった。

それでも今、どこか心がすっきりとしているのはテリーの気持ちが明確に表現されたからだろう。ゆっくりと、でも確かに動き始めた脳は自分の持っている知識を全て使って、テリーの行動の意味を解釈しようと動いていた。熱は確かに冷め、私は落ち着きを取り戻して来ている。――情けないところは、もう見せずに済みそうだ。


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世界樹に群がる魔物を倒しながら、私達は進んで行った。……流石に、魔物が手強くなっている。枝の上に降りた瞬間から、手厚い歓迎を受けた私の一番の感想はそれだった。それだけ世界樹が闇に侵食されているということよ、と厳しい顔をしたジュリエッタが隣でブーメランを投げながら言う。「足元に注意しながら、なるべく離れないように進みましょう。…調和の祭壇に着くのを最優先してね」彼女の言葉に、異論を唱える者はいない。今回私達は一応三つのグループに別れたけど、あまり離れないようにしながら全員で世界樹を進んでいた。先陣を切って進むアクトの隣で剣を振るうテリーを、私は見つめながら呪文の詠唱を行う。……テリーは、今何を考えているんだろう。


「ナマエ、伏せて!」


アリーナの声に素早く身を屈め、仲間の周囲にマホカンタを張り巡らす。姫様危のうございます、とアリーナにスクルトを唱えるクリフトの隣でもう一回分、周囲の仲間にスクルトを唱えた。フローラがそれに合わせて前衛にバイキルトを詠唱し、私は次いで後衛にステルスを唱えた。魔物から姿を隠した私達は、攻撃を受けるまでサポートに専念出来る。

世界樹の頂上に祭壇があるというのはどんなものなのだろうと思っていたけど……大体このあたりで半分よ、とジュリエッタが言ったところには階段や扉が設置されていて、人の手が入っているのを感じさせた。――次の瞬間、魔物の扉から湧き出した敵に囲まれてしまって、余計なことを考える暇は無くなったけれど。
扉が二つある、と判断したアクトは二方向に分かれて進むぞと剣を振るいながら言った。私はゼシカに先導され、呪文を唱える口を休めないままそれに続く。前ではアクトとメーアが息の合った動きで魔物達を薙ぎ倒していた。世界樹に群がる魔物の殲滅は、案外容易く終わってしまいそうだと私が思った次の瞬間。聞き覚えのある咆哮が、脳を直接ぐらぐらと揺らした。バトルレックスよりも色が濃い、その体。

もう目の前に迫っていた魔物の扉から、現れたのは番人ではなくドラゴンソルジャーだった。――そして同時に、私達が向かったのとは反対方向からも同じ咆哮。ただの雑魚とはわけが違うそいつが二体…私なんかが攻撃を受けたら、その瞬間体が二つに割れて戻らないのは明白だった。素早くもう一度かけ直したスクルトと、吐き出す炎の対策にフバーハ。下がって、と同じく警戒した面持ちで弓矢を構え直したビアンカにバイキルトを唱えると、彼女の弓矢が薄赤い光に包まれる。少し時間は掛かるけど、フォースの詠唱も始めた方がいいのかと周囲を確認した瞬間、目の前にドラゴンソルジャーのオノがあった。――あ、私、死ぬかもしれない。


テリーに何も言葉を返していないのに、と心の中で強く悔いた。――次の瞬間、私の服を汚したのは緑色の返り血で、それは目の前のドラゴンソルジャーが崩れ落ちると同時に私の頬にもぴちゃりと音を立てて張り付いた。……視界に舞う銀色。テリーが、と一瞬、音を立てて心臓が跳ねたけれどそれは見知らぬ、真っ黒な鎧に身を包んだいかにも強そうな剣士だった。フローラさんよりも長いその髪は、テリーのものとはまた違った種類の銀色で思わず目を奪われた。……一撃で、やってしまった。この人、どれだけ強いんだろう。

他愛もない、とつまらなさそうに光の粒子となって消えていったドラゴンソルジャーを横目で見ながら、その剣士は私達に背を向けた。黒い鎧に身を包んで、見たこともないような禍々しい剣を鞘に収めながら。…それからアクトの方を一瞥して、彼は歩き出そうとする。――が、ぴたりと足を止めてその剣士は私を振り向いた。大丈夫、と隣で駆け寄ってきてくれたゼシカが私のことを心配してくれるけど、私はやっぱり、その銀色から目が離せない。

剣士は私のことをじっと見ていた。…いや、正確には私の腰に付けている、笛のことをじっと見つめていた。「……おい、娘」低い声が呼んだのは、十中八九私だろう。揺らぐ銀色から目を外して、吸い込まれそうなその瞳を見つめ返した。なんだろう、この人とは……音楽で、感覚を共有出来そうな気がする。不思議とそんな確信が心の奥で生まれたから、何も恐ろしいと思わずに私はその人の目を見つめ返したんだと思う。

剣士の目が揺れた。その笛は、と口が動いた気がした。私の持っているこの笛が、彼の目を惹きつける何かを持っていたのか。確かにこれはグランマーズのおばあちゃんから譲り受けた特別な笛だけど、と思考を巡らせたところで目の前が青色に埋め尽くされた。

よく知っているその銀色の髪の隙間から除く、深い紫色が私を射抜く。周りを見ろ、と低い声に我に返った次の瞬間にはもう、目の前からあの黒い鎧に身を包んだ剣士は消えていた。……テリーは、不機嫌そうだったけど普段とは違う雰囲気を纏って私のことを見下ろしている。差し出された手を掴むと、引き上げられて立たされた。ゼシカの視線を感じながらも、アクトに合流を知らせるために歩き出したテリーの背中から目が離せなかった。

――射抜かれた瞬間、何かをテリーに見透かされた気がしたのは、気のせいだろうか。







(2015/03/07)

銀髪だし贔屓してみようと思った…んです…