08


「やっぱり、まだまだお子様ね」
「……見てたのか」
「目に入っちゃったのよ。まあ気持ちは分かるけど……ねえ?」
「お前にオレの何が分かる」
「あら、見てればナマエが好きだってことぐら、」


咄嗟に手を伸ばして楽しそうに笑うマーニャの口を塞ぐと、彼女は目を見開いてぱちぱちと何度か瞬きをした。心臓が先程とは違う音で、どくんどくんと鳴り響いている。「…悪かった」半ばヤケになって睨みながら、ゆっくり手を離してやるとマーニャはうふふ、と妖艶に、楽しそうに口元を緩めならがオレと距離を開けた。…分かり易いということだろうか。


「ふふ、おねーさんちょっとドキっとしちゃった」
「……やめてくれ」
「あーホント、なんで将来有望なハンサムは売約済なのよ……」


恐らく素であろう気の抜けた表情を覗かせながら、まあでも、と手にした扇をぱちんと鳴らしてマーニャは少し真面目な顔になった。「追い掛けた方が良いんじゃない?感受性が高くないと、この手の職業はやってけないのよ」「…どういう意味だ」「すっごく傷ついた顔だった、って言った方が良いかしら」


**


風が髪をなびくほどに揺らして、思わずぶるりと震えてしまう。…勢いでデッキまで上がってきたけど、やっぱり少し肌寒いかもしれない。でも、今は人の気配がないところに行きたかった。デッキは見晴らしがいいけれど、基本的な施設は全て中に揃っているからここには基本的に人がいない。ハープを仕舞い、笛を取り出す。さっきまではハープの気分だったけど、もうすっかり私は笛の気分だった。

なんだろう、どうしてテリーとは上手く行かないんだろう。私はテリーと仲良くしたいとずっと前から思っているし、大切な仲間だと思っているのに、テリーは私だけ仲間じゃないと思っていたってことなのかな。だから私にだけいつも手厳しいんだろうか。天馬の塔を登っているときは私とも普通に話していたんだけどなあ。私の何が、テリーを不愉快にさせるんだろう。

……ここで初めて見つけた知り合いが、テリーで良かったと私は思っていたのに。酷く虚しい気分になりながら、吐き出した感情は"寂しい"だった。ああ、レックに会って、向かい合って、全部喋ってしまいたい。この不安を全部吐き出して、レックに慰めてもらいたいと思った。…テリーの怒った声が、耳元にこびり付いて離れない。

この世界に来たとき、なんで泣きそうなんだよ、って言ったのも本当はテリーじゃない気がしてきた。都合のいいように、耳が言葉を捻じ曲げたのかもしれない。それでも私はレックやハッサン、ミレーユやチャモロ、バーバラを好きだと思うようにテリーも好きだと思うのだ。…仲間意識を育むには、私とテリーが一緒に過ごした時間は短すぎたのかもしれないけど。


「友達、って難しいなあ…」


しょうがないよ、と頭の中で優しい声の私が囁く。しょうがないよ、そんなこともあるよ。あんまり自分を責めないでよ。ひとつ勉強したんだと思えばいいじゃない。「……うん」そうだね、と小さく頷いて、ばかばかばーか、と悪態を吐いてくる意地の悪い私の声を聞かないことにした。そうだ、これは勉強だ。同じミスを繰り返さなければいいのだ。

―――テリーは優しいから、きちんとステップを踏めば仲良くしてくれる。

笛をそっと唇にあてた。息を吹き込みながら、ぼんやりと思考を巡らせる。…いっそ嫌われているのなら、嫌われているままでもいいのかもしれない。でもこの世界は私の元々住んでいた世界と違っていて、…本当にいざという時、私が頼れるのはやっぱりよく知ったテリーだけだった。(他の人が信用出来ない、って言っているわけじゃない)何より、ゼシカとヤンガスが、アリーナとクリフトが、フローラとビアンカが…背中を預けて戦うのを、心底羨ましいと思ったから。だから、私もテリーとそうしたいと思っていた。分不相応なのかもしれないけど、でもそれは仲間なら許されるのではないかと思うのだ。確かにこの船の人も仲間だけど、根本で私の仲間だと言えるのは私にとってテリー一人だから…あ、そうだ。私とテリーの仲が良くなりさえすれば、テリーもレイドックに遊びに来ることを躊躇わなくなるんじゃないのかな。


「やっぱり、私の努力次第で…」
「綺麗な音ね」
「っ、!?」
「や、やだ。お化けじゃないわよ、私!」


銀色の髪が風に揺らいだ。焦ったように手を振るのは、レイピアを腰に差したメーアだった。「び、っくりした……」誰もいないと思い込んでいたから、いきなり隣に人が居たらそりゃあびっくりするだろう。「集中してるなとは思ったけど、ほんとに気がつかなかったんだ…」驚かせてごめん、と申し訳無さそうにするメーアに首を振った。考え事をすると周りが見えなくなってしまうのは、私の悪い癖だと自覚している。


「でも綺麗な音、か……。すごく嬉しい。ありがとう」
「お世辞じゃないのよ!ナマエは吟遊詩人なのよね?」
「うん、レイドックっていう国のお城に今は仕えてるけど…前までは旅をしてたんだ」
「ナマエとテリーは一緒の世界から来たのよね。旅をしてたのはテリーと?」
「そうなるはずなんだけど…テリーと旅をしたのは短かったから。それでも私はテリーを大事な仲間だと思ってたんだけど、テリーはそう思ってなかったみたいで」


私の心は随分弱っていたらしかった。言葉はめちゃくちゃ、つい吐き出してしまった不安に一瞬驚いた顔をしたメーアを見てまたやってしまった、と思わず頭を抱えてしまう。「…ええと、ごめん」今のは気にしないで、と口元を緩めて笑顔を作った。何かあったの、と不安そうに覗き込んでくるメーアの優しさに嬉しくなりながら、やっぱり作った笑顔を崩せない。


「ちょっと、テリーを怒らせちゃって弱気になってた。ごめんね、メーア」
「私は全然大丈夫だけど……その、頑張って笑うのはダメだと思う」
「……ダメかあ」


本当はすごくショックだったんだ、とメーアに吐き出したら心は随分軽くなっていた。吟遊詩人なんて職業に付いているし、愛想笑いには自信があったんだけどなあ。頑張って笑うのはダメ、かあ。「レックにも同じようなこと、言われたっけ」出会ったばかりの頃、メーアと同じように私の愛想笑いをすぐに見抜いてしまったレックを思い出す。そういえば、メーアにもアクトやレックと同じようになんだか惹かれるものを感じるなあ。光の一族、ってやつだからだろうか。でもメーアが隣に立ってくれているだけで、随分心は落ち着いていた。ありがとう、と呟いたときは普段通りに口元が緩む。


「メーア、愚痴に付き合ってくれたお礼に一曲どう?」
「え、いいの?…なら喜んで!」
「いいの、は私のセリフなんだけどなあ。…それじゃ、メーアがバトシエに戻ってきたことを祝して」






(2015/03/06)


デッキの入口でテリーが私の笛の音を聞いていたなんて気が付かないまま、私はメーアの隣で風に吹かれながら、今度は何も考えることなくメーアのために音を奏でるのだった。