04


「あ、名前ちゃん!おはよう!」
「おはよう天馬君、どうしたの?もう朝ごはん?」
「違う違う、いつものだよ」
「……あー、はいはい」


**


「相変わらず、兄貴に溺愛されてんのなー!うっしっし」
「笑わないでくださいよ、小暮さん…」


朝は見ないふりをして、部屋に放り込んだダンボールの中身を整理し終えた夜。

抱えたお菓子の山を見て、丁度ダイニングに居た小暮さんが子供みたいに笑うから思わずじろりと睨んでしまう。「まあまあ、睨むなって」あ、さらっと流された。やっぱり小暮さんも大人だなあ。…小暮さんがお兄ちゃんだったら、こんな仕送りなくて平和そう。「シスコンの兄貴は大変そうだなあ」「…本当、大変ですよ」溜息を吐いてダイニングのテーブルの上にお菓子をざらざらと落とす。チョコ、飴、クッキー、お煎餅、グミ、ラムネ、ポテトチップス、お饅頭……お兄ちゃんは私をどれだけ太らせたいんだろう。


「あ、そうだ。天馬が言ってたけど、今回も服が詰まってたんだろ?」
「……ハイ」
「すげーよなー、…趣味もサイズも毎回ぴったりなんだっけ」
「………ハイ」
「ほんと、好きなやつに尽くす人だよなあ」


小暮さんの笑い声がどこか乾いているのは気のせいだろうか。せっかくだし何か開けますか、と聞くと太るぞと釘を刺されてしまった。グウの音も出ないけれど、お兄ちゃんはそれが目的でお菓子やらを送ってきていると思う。…これで多分体重が増えても、お兄ちゃんは私にぴったりのサイズの服を送ってくるんだろうなあ。なんだっけ、この間メールで言ってたの……俺はお前の兄なんだぞ、生まれた時のことからなんでも知ってる、だっけ。…お兄ちゃん早く良い女の人見つけて結婚して妹離れしてくれないかな。


「あ、そうだ。これオズロックに持っていってやればいいんじゃないの?」
「え!?」
「あいつ、まだ来て日が浅いし。こっちの菓子とかそんなに食べてないんじゃないかな」
「えええ…でも小暮さん、私嫌われてるみたいですし」
「取っ付き難いだけだろ。天馬と仲良いし大丈夫だって!」
「天馬君はコミュニケーション能力が高いじゃないですか」
「でもオズロックは名前と上手くやれそうだけどなあ」
「なにを根拠にそんな呑気な…」


ちらりと、テーブルの上にばら撒いたお菓子の山を見つめた。秋さんがお風呂から上がったら、戸棚に仕舞ってもらうだけだしみんなで食べるからいずれ口に入るだろうけど……そういえば昨日、ばたばたして気分を損ねちゃったんだっけ。ご機嫌取りになるのならまあ……やって損をすることはない。相手が(本当にそうかはまだ信じられないけど)宇宙人なら案外面白い差し入れなのかも。


「彼、どんなお菓子が好きそうですか?」
「これ」
「うわ、それお寿司作るやつじゃないですか!懐かしい!」
「作らせてみろよ、絶対面白いぞ?」
「うわあ見てみた…じゃない!い流石に最初ですし、ここは正統派で」
「じゃあ煎餅か?チョコとか宇宙人は食べるのかな。どう思う?」
「私宇宙人じゃないんで分かりません」
「ならもう手当たり次第適当に持っていけ」


ほいほいほい、と小暮さんが山の中から適当に摘みだしたのは俗に言う戦争が繰り広げられている二つと、あとは最近発売されたばかりの味のソフトキャンディー。私はなんとなく、いちごとみるくの飴の袋をそのまま手に取る。イメージに合わないものを押し付けたくなる人の性。


**


小暮さんに見送られながら階段を上り、自分の部屋の隣の扉を何度かノックする。…――返事はない。物音もしない。そこそこ早い時間だけれど、彼はもう眠っているのだろうか。「…ええと、オズロック……さーん」こんこんこん。「…寝てます?」こんこんこん。――返事はない。ううん、明日でもいいかなあ。今日は一旦部屋に帰って、


「…なんだ」
「わあああああ!?」
「五月蝿い。黙れ」
「い、いきな、いきなり開けないでください…」


反論はうるさい、と言わんばかりの鋭い目付きに射抜かれてするすると萎んでいく。だってしょうがないじゃない、振り返った瞬間にドアが開いたら、それは誰だって驚くと思うの。あと、二言目にうるさいだまれ、はちょっと酷いと思います。相手は隣人で女の子ですよ?


「…で、何の用だ」
「あー…今朝、うちの兄から荷物が届いていまして」
「……」
「お菓子がたくさん詰まってたんです。昨日ご迷惑をおかけしましたし…あとその、お隣ですし。これから仲良くしたいなあと思ってそれでその、つまらないものなんですけど」


睨むのやめて欲しいなあ怖いなあ、と思っているあいだに口は(たどたどしかったかもしれないが)周り、気がついた時には自然と手にしたお菓子を差し出していた。さあ、受け取ってくれるのか否か!緊張の一瞬に息を潜めていると、そっと影の動く気配。

どうやら、迷っているようで床に映る黒いものが揺れている。ああもう、躊躇わなくていいんだって!こういうのは貰ったもん勝ちなの!と頭の中で思わず声を上げてしまう。なんというか、彼はこの手の地球人の気配り?(…日本人特有のもの?)に疎いみたいだ。ああ、じゃあ言葉とかそのまま受け取られそうだなあ。つまらないものって言っちゃったし、あああ聞かれそう!すごく納得がいかないって顔でこっち見てるもの!


「…つまらないものをわざわざ渡すのか」
「つまらなくないよ!おいしいよ!少なくとも私は好きだよ!」
「ならば、つまらないものというのは…」
「建前ってやつだってば!はいもうほら、受け取る受け取る!」
「おい貴様、」
「あんまりうるさくしないように今後は注意するから貴様はやめてね!おやすみなさい!」


面倒くさくなったというのが本音に一番近いと思う。手に持っていたものを全て押し付けて、扉を思いっきり閉めてやった。はあ、と息を吐き出して天馬君の部屋の方を横目で見やると、もうすっかり電気が消えている。ああ、サッカー少年は明日も元気にサッカーなんだろうな……天馬君、本当、どうしてあんな気難しそうな宇宙人と私が仲良くなれそうだなんて思ったんだろう。…気難しいんじゃなくて、人と接するのが苦手なだけかもしれないけど。


二日目:夜



(2014/12/14)