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「あ、」
「…………」


部屋の扉を開けた瞬間、同じようなタイミングで隣の部屋から顔を出したオズロックとばっちり目が合ってしまう。こんばんは、って言うべきだろうか。いやでも流石に余所余所し過ぎるのかな。そういえば、なんだかんだ一日オズロックと顔を合わせていなかった気がする。でも顔を合わせた瞬間、あからさま…とは行かないまでも、私の顔を見て顔をしかめるのはどうなの…。面倒くさいのと鉢合わせた、みたいなその表情は私に対してどんな態度を取っていいのか分からないからなんだろうか。同じような表情をしているであろう自分自身がそうだから、予想でしかないけれども。

オズロックは腕にきちんと畳まれた着替えを持っていた。もしかして、今からお風呂なんだろうか。いやいや流石にこんな遅い時間に…でもオズロックは宇宙人だし、入浴時間が被らないように彼なりの配慮があったりするんだろうか。別にここの人は誰も気にしないと思うけれど、オズロックはやっぱり気にしているのかもしれない。


「オズロック、もしかして今からお風呂なの?」
「だとしたら何かあるのか」
「イシガシさんは?」
「……私と入れ替わりだ」


もう会話は終わっただろうと言わんばかりに階段を下り始めるオズロックを、こそこそと物音を立てないようにして追いかけた。うざったい、と言わんばかりの冷たい目線からそっと目を逸らして私も階段を降りていく。「…貴様も入浴がまだなのか」「ううん、私は何か飲もうと思って」実際、喉が乾いていたのだ。原因はひたすら喋るお兄ちゃんのお喋りに付き合っていたせいだった。帝国学園のことだとか、教え子のサッカーのことだとか、楽しそうに話すお兄ちゃんは本当に嬉しそうだし…話は聞いていて楽しかったけど、この時間まで延々喋られたらそりゃあ疲れる。お兄ちゃんは喋るだけ喋ったら私のベッドを占領しちゃうし。明日も兄には仕事があることを考えたり、疲れているであろうことを考えると追い出すわけにもいかず、とりあえず何か飲んで今夜の寝床をどうするか考えるところなのだ。二日連続床で寝るなんてのは少しばかり厳しいものがある。


「――そういえば、礼がまだだったな」
「礼?」


階段を下りたところでオズロックが足を止めて、キッチンの方へ向かおうとする私の方へ振り向いた。礼?礼って、お礼のこと?私、何かオズロックにしたっけ。正直今日はイシガシさんが男の子だったこと(そういえば、イシガシさんにだけは天馬君に釣られてさんを付けてしまうような…)と、イシガシさんのタイミングの悪い発言と、お兄ちゃんが強烈過ぎて他のことにまで頭が回らなかったんだけど……うん?イシガシさん?


「もしかして、イシガシさんを保護したことについて?」
「それ以外に何がある」


何がある、と言われても心当たりがあるはずもないので私はそっと首を振った。「手間を掛けさせたな」「そこまでじゃないよ」たかが一晩、ベッドを押し付けただけだ。私は別に気にしていないし、例えイシガシさんが男の子であったとしても…まあそんなに気にすることはない。「いや、」廊下の奥のお風呂場から漏れる微かな光が、首を振ったオズロックを微かに照らした。


「イシガシは私の部下だ。…疲れているだろうに悪かったな」
「……え」
「……なんだ、その不快になる驚きの顔は」
「え、あ、いや、その…労ってくれるなんて、思わなくて」


しどろもどろになる口元を抑えた。「…へ、ふへ」緩む口元を隠しきれない。予想もしていなかっただけに、その言葉は嬉しすぎたのだ。なんなんだ、と小さく呟いたオズロックの声も気にならなかった。これが異文化交流!なんだか一歩、オズロックに近づけた気がする。こんなに嬉しいなんて思わなかった!ふつふつと湧き上がるこの喜びは、初めて友達が出来た時の感覚に似ていた。ああ、やだもう!オズロックってすごくいいやつなんじゃないかな!


「…気味の悪い笑い方をやめろ」
「ごめん、しばらく無理かも。…嬉しいよ」
「礼の言葉ひとつでそこまで喜べるのか」
「そりゃあ喜ぶよ!喜ぶに決まってる!」
「…奇妙な女だ」
「女、じゃなくて名前、だよ」


今度はオズロックにちゃんと、私の名前を認識してもらえたみたいだった。彼が名前、と小さく繰り返したのを私は両の耳できちんと聞いた。嬉しくなって、また笑うのをやめられなくなる。今日はあんまり眠れそうにないな、どうしよう。


七日目:深夜



(2015/04/22)