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私の兄は、俗に言うシスコンってやつなのだと思う。


「どう見たって男だろ。怪しいと思わなかったのか?お前はもうちょっと警戒心を…」
「いやどう見ても男の人には…じゃない!結構疲れてたし、天馬君の知り合いなら大丈夫だろうって」
「確かに松風なら信用出来るかもしれないが、いやそもそもそんな遅い時間に一人で帰るなって何回も言っただろ。呼べばいつでも、」
「お兄ちゃんだっていつも疲れてるくせに」
「俺はな、名前。大事な妹に一人夜道を歩かせた事実が一番ショックなんだ」
「……う、それについてはもう少し気を付けるってことで」
「その上男を拾って自分の部屋に上げて…いつからお前はそんな…」
「だーかーらっ!女の人だと思ったんだって!何回言わせる、の!」


投げたクッションは見事、お兄ちゃんの顔に吸い込まれていった。…かに見えた。「物を投げるな」「…はい」顔に当たる直前でぎりぎり受け止められてしまった猫柄のクッションを、ペンギンのが良いだろ、なんて言いながら突き返してくるお兄ちゃんから受け取る。ペンギンも確かに可愛いと思うけど、私はどうしたって猫の魅力から逃れることが出来ないのだ。そんなわけで、私の部屋にペンギングッズが増えることは多分ありません。


「やけに反抗的な目だな……反抗期か!?そんなにあの男がいいのか!」
「猫の方がペンギンより好きって思ってただけだよ!」
「お前も運動神経は悪くない。練習すればペンギンを出せるはずだ」
「出すなら猫とかキツネとかがいいし、そもそも練習したくない」
「一回出たらやみつきなんだけどな」


ペンギンはかわいいぞ、っていつもみたいにペンギンのことを長々と語り始めた兄に思わず私も息を吐き出した。「やっぱり、一番はあの尻だよな。歩くたびにこう、左右に…」それは分かるけど、って頷きながら話を促していく。上手く話題を逸らすことが出来て、私もなんとか一安心ってところ。

あの後、気が付けば消えていたイシガシさんについて延々問い詰められた私は彼を拾ったことをそこそこのレベルで後悔した。お兄ちゃんは年頃の娘としてどうなんだとか、一人で歩いて帰るなんて言語道断だとか、初対面の人を、しかも男を部屋に上げるなんてそんな妹に育てたつもりはないだとか……エトセトラエトセトラ。お説教が始まって、始まったのは部屋に入ってからだから…ええっと二時間ぐらい、言い合いをしてたんだろうか。流石にそろそろお腹が減ってしょうがない。しばらく解放されそうにないけど、これは我慢するしかないだろう。

あ、考え始めたらますますお腹が減ってきた気がする…。今日の秋さんのご飯はなんだろう。イシガシさんはどうしたのかな。まだ、木枯らし荘の中に居るんだろうか。そうだオズロックに部下を天馬君に任せるんじゃないよって言っておかなきゃいけないな。でもオズロックって、部下を持つような立場の人間(宇宙人、って言った方が正しい?)なんだ。…オズロックもイシガシさんも、外見から年齢が上手く読み取れないからよく分からない。


「…お兄ちゃんも、」
「それであの赤ちゃんのときのふわふわ…ん?」
「なんでもない!続けていいよ」


一瞬だけ不思議そうな目をした兄は、再び長い髪を揺らしながら今度はペンギンの赤ちゃんについて語っていた。……兄も、綺麗だから、外見から上手く年齢が読み取れないうちに入ると思う。身内の贔屓目なしでも、兄は本当に美人だと思う。…昔は本当に羨ましかった。男の人なのに、とても綺麗な兄が。私は至って普通の見た目だから、比べられるのが本当に嫌だったのを覚えている。
血が繋がっていないと言われても信じられるぐらい、私とお兄ちゃんは似ていない。ついでに頭の出来と、運動神経の出来にも大きな差がついてしまった。…帝国学園に入学して、サッカーをしている姿がよくテレビに映っていた。試合は母が許す限り観に行って、観客席から張り付いていた。兄の活躍は嬉しかったけど、時々無性に寂しくなったのだ。

私には何もないから、色んなものを持っている兄はとても輝いて見えた。兄の存在は自慢であり誇りであると同時に、コンプレックスでもあったのだと思う。
そのくせいつも兄が私に優しくて非の打ち所がないものだから、幼かった私はいつだって(テレビや試合で応援しているときは頑張れ、って叫べるぐらいには素直だったのに)兄に向かい合うと腹を立てて意地を張っていた。両親が私達を比べるなんてことはなかったけど、私が心の中で自分は兄に敵わないと、確かに認めていたせいだと思う。

―――変わったのは、いつからだろう。


怪我をした兄が入院先の病院から消えて、酷く動揺した記憶は今も濃い。それで見つかったと思ったら入院する前よりぼろぼろの体になっていて、自慢の脚はもう少し遅かったら二度とサッカーが出来なくなるかもしれなかった、なんて言われて。
まだ小さかった私は、集中治療室の前から一歩も動けないでいた。そこで理解したことは、兄は完璧ではなくて、優しくて強いだけじゃなくて、まだ私と同じように子供だということ。私みたいに悩んでいるし、誰かにコンプレックスを抱くのだと知った。



「…名前、聞いてるのか?」
「聞いてる!」
「返事が良すぎて逆に怪しいな」
「……ちょっとお腹が空いてるだけ」
「夕飯の時間には少し早いぞ」
「分かってるって」


口を尖らせてやると、これでも食べるか、って珍しくチョコなんか差し出してくれるから遠慮なく私はそれを受け取った。小暮さんなら絶対太るぞ、って言いそうだ。「お兄ちゃん」「なんだ」「…んー、ありがとうって思っただけだよ」包み紙を破って、チョコレートを口の中に放り込んだら優しい甘さが広がっていく。

昔の自分は、素直に甘えたかっただけなのかなあ。お兄ちゃんは昔よりも私を甘やかしてくれる。服を送ってくれたり、お菓子を送ってくれたり、CDを送ってくれたり…そこそこ稼いでいるのを知っているけど、今の甘やかし方は私をダメにする甘やかし方なのだ。流石にそこまで甘えるのは、って自分の中の冷静な部分がブレーキをかけるから私は今、上手くお兄ちゃんに甘えることが出来ないでいる。


時々本当に素直に、誰かに甘えられたらいいなあって思うんだけどそうそう上手くはいかないらしい。なんだかんだ、甘やかしたり世話を焼いたりするのも好きだし……都合良く私に甘やかさせてくれて、時々甘やかしてくれる、みたいな人っていないかな。頑張ってアタックしてみせるのに。


「とにかく名前、まだお前は子供なんだから初対面の男を部屋に上げたりするな」
「初対面じゃなかったらいいの?」
「…………」
「こ、怖い顔やめてよ……彼氏なんていないし、出来そうにもないよ」
「そうか!」
「美人は余裕でいいなあちくしょー!」


七日目:夕方



(2015/03/26)


兄回でした 夢主の苗字は基本出さないのでいいかなあ って…
佐久間はペンギンが稲妻界一似合うと思っています