練習用のグラウンドの隅


「ナマエ、おはよう」
「あ、…おはようリュゲル」


昨日の今日。気まずさを感じながら掛けられた声に顔を上げると、普段通りの自信に満ちた表情のリュゲルが居たから酷く安心した。良かった、ぎくしゃくしていない。いつもと同じように挨拶を返すと、リュゲルの後ろにいるガンダレスに気がついた。…俯いている。元気が無いみたいだ。どうしたんだろう。


「おはよう、ガンダレス」
「……」


あれ、返事が無い。手を振ってみてもなんの反応も無い。おーい、と声を掛けるとゆっくりとガンダレスの顔が上がった。「うるさい」「…え?」小さくぽつりと、ガンダレスの口から出てきた言葉は普段とまったく違う。「……ガンダレス?」どこか具合でも悪いのだろうか。おろおろと困惑しているうちにリュゲルはどこかに行ってしまっていて、ガンダレスと私は取り残されていた。不機嫌なのだろうか?リュゲルはどこに行ったんだろう?どうしよう、…どうしよう?

顔をすっかり上げたガンダレスはいつものリュゲルに向ける笑顔ではなく、完全にこちらを威嚇する表情でそこに立っていた。敵意に満ちたまなざしに私は狼狽えることしかできない。「アンタの声は嫌いだ」…どういう、意味?それにアンタ、って。今まではずっと名前で呼び合ってきたんじゃない。「アンタのその態度が嫌いだ」待って、ちょっと待ってよガンダレス!どういう意味か、私分からない!

なんで、どうして、と。漏れた疑問符はしょうがないものだったと思う。それが耳に入ったのだろう。ぎろり、と聞こえないはずの音が聞こえた。まるで刃物を首に押し当てられているような寒気が背中を走る。「嫌いだ、嫌いだ、……嫌いだ!」首元を掴まれて持ち上げられる。何が起こっているのか、まったく分からない。


「ガンダレス、私、っ」
「うるさい!」


掴まれた首元を振り払われて、たまらず地面に倒れてしまう。そこでしっかりと理解した。ガンダレスは単純に不機嫌なんかじゃなくて、私に対して怒りを抱いているんだ。でもどうして?何がガンダレスの琴線に触れたのだろう。思い当たる記憶はどこにも無い。昨日まで至って普段通りに、お互い笑顔で接してきたのに。

ガンダレスの顔にはその笑顔の片鱗すら見当たらない。怖い。怖くて怖くて、気が付けば体が震えていた。「……二度と関わるな」―――それは、誰と?ガンダレスと?リュゲルと?……それとも二人と?わからない。分かりたく、ない。

倒れたままで起き上がれない私を見るガンダレスの目はとても冷たかった。私は完全にガンダレスの敵になってしまったらしい。涙を流している事に気がついた頃には、ガンダレスもリュゲルもいない場所に足が動いていた。「なん、で」…どうして私は、好きな人に嫌われてしまうことになったのだろう




(2014/01/05)