通常END


ガンダレスが好きだ。
でも、ガンダレスは私を嫌っている。

―――詳しく言うのなら、私を兄を苦しめる害悪として認識している。


**


ガンダレスが好きだ、とはリュゲルには言わなかった。ただ、リュゲルを取られてしまうと思われたのだろうと。ガンダレスに嫌いだと言われて寂しいと。…そうとだけ、言った。俯いたまま言葉を紡ぐ私は自分でも分かるぐらいにずるい女だった。


「……だからね、せめてガンダレスと仲直りしたいなあ、って」


ナマエ、とリュゲルが呟いたのが聞こえた。――ああ、私はずるい。ずるいずるい女だ。ガンダレスにも(リュゲルにだって)嫌われて当然だ。リュゲルの気持ちを知っていながら、リュゲルには自分の気持ちを打ち明けずにこんな事を言っている。

きっとリュゲルは私とガンダレスの仲直りのために動いてくれるんだろう。それぐらいは分かる。だってリュゲルはいつだって、ガンダレスへと同じぐらい私に甘かった。「分かった、俺がなんとかする」――ほらね、やっぱりだ。優しすぎるそれは罪悪感を煽るだけなのに。ああ、リュゲルだって十分に罪深い。


リュゲルが私の腕を引いた。先程とは違って優しく。それに身を任せていると、もう罪の意識に溺れてしまってなにがなんだか分からなくなりそうだった。……このまま、リュゲルに全部預けてしまいたい。そうすればきっと楽になれる。苦しまなくていい。それにリュゲルを選ぶということはつまり、ガンダレスと居られる一つの道でもあるのでしょう?



「ガンダレス」


図書館の扉を開いてリュゲルが中に声を掛ける。「あー!やっと戻ってきたー!」遅いよ!とガンダレスの声が聞こえる。すまないな、と言いながらリュゲルが中へ足を踏み入れた。ガンダレスに見えにくいよう、リュゲルの影に隠れながらそっと私も図書館の中へ。入口の一番近くの椅子で先程とは別の本を持って、満面の笑顔を浮かべるガンダレス。「…あ」私を認識した瞬間、その笑顔が即座に消えてしまう。


ずきずき、ひりひり、ずきずき、と。睨みつけられてまだ、ガンダレスのことが好きな心が悲鳴を上げた。やめて、やめて欲しいのに!ガンダレスの笑顔が、…あの笑顔が大好きなのに。ああ、今だって記憶に縋って、ガンダレスの笑顔を思い出して心を慰めようとしている私はなんてみすぼらしいのだろう。


「あ、あのね、ガンダ…」
「リュゲル兄!なんでこいつと一緒なんだよ!」
「落ち着けガンダレス。ナマエの言い分を聞いてやってくれないか」
「……リュゲル兄はこいつに泣かされてただろ」


―――そんなに、ガンダレスはリュゲルが好きなのか。


「うん。私のせいでリュゲルが泣いてたんなら、それは全部私が悪いよ」


リュゲルの影に隠れるのをやめた。口元が震えているけれども、なんとか必死で微笑みを作る。「…ごめんね、リュゲル」私が甘えてしまった結果があれだ。好きな人の大切な、何よりも大事な存在を傷つけたのだから当然の結果なのだ。

なんだよ、と少しだけ眉をしかめたガンダレスの目の前に足を踏み出す。「ごめんなさい、ガンダレス。……でももう、リュゲルを傷つけたりしない」頭を下げて、拳を握り締めた。「泣かせない。約束する。――ガンダレスには負けちゃうかもしれないけど、」私も同じなのだ。とても大切な、私の友達。


「私だって、リュゲルのことが大好きだもの!」


叫んで、目を瞑る。大丈夫、だからって取り上げたり独り占めしたりしない。


「……ガンダレスだって大好きなんだよ。だから、嫌われたままなのは嫌、かなあ…」


―――込めた好きの意味はまったく違うけれど。

恐る恐る顔を上げると、ガンダレスは顔をしかめたまま、でもきょとんとした顔をしていた。「……なんだよ、それ」困ったような声にはは、と乾いた笑いを漏らしたのはリュゲルだ。「こうして聞くと恥ずかしいな」私だって、こうやって言うのは恥ずかしい。――ガンダレスに対しては告白の意味も込めていたから尚更だ。でも、なんだか言い切っただけで納得してしまった気がした。


「だから、仲直りしてよ、ガンダレス」


手を差し出す。ガンダレスはちらちらと左右を見て落ち着かない。「……うう」敵だと一度認識したのに、今はもう敵だと認識出来ないのだろうか。兄に危害を加えるつもりはないと、きちんと受け取ってもらえたのだろうか。……そういえばガンダレスは純粋で素直で、――そんなところに惹かれていたんだっけ。ああ、だっけ、だなんて過去のことみたい。ガンダレスはまだ迷っている。


「しょうがないな、お前たちは」
「っ、リュゲル兄!」


見かねたのか、リュゲルがガンダレスの腕を掴んだ。そのまま引っ張って、無理矢理私の手元へ引いてくる。「っ、」「ほら、素直になれ」「……リュゲル兄が言うんなら」渋々、力を抜いていた手首を持ち上げたガンダレスの手が、私の手を握った。心臓が飛び跳ねて、顔が一瞬で沸騰したようになって!…でもそれは一瞬で終わる。ガンダレスに触れた。触れられた。些細な握手で、――私は満たされてしまった。



「……もう二度と、リュゲル兄を泣かすな」
「うん!」


俺はお姫様でもなんでもないだろう、とリュゲルが狼狽えるから思わず吹き出したら、ガンダレスも笑っていた。ああ、幸せな日常が戻ってきた!




(2014/01/22)