06


「名前、この後いいか」
「ぐえっふっむぐごふっ…!?」


むせた。盛大にむせた。「苗字先輩、大丈夫ですか!?」お水どうぞ、と言って口をつけていないコップを差し出してくれる葵ちゃんは女神か何かなんだろうか。「げふ、げふっ……!」喉を抑えながら必死で水を呑む。なんだ、なんなんだいきなり!いつから私達はそんなに仲良くなったと言うんだ!私は君よりさくらちゃんや好葉ちゃんと仲良くなりたかっりするんだけどな!いや仲良くなるに越したことはないけど!


「いぶき、っ…!覚えてろよ!」
「は?」


うわ、こいつ一文字で私の精一杯の抵抗を蹴り飛ばしやがった!「……っ、はあ」まだ違和感の残る喉元をさすりながら、声をかけてきた張本人と向かい合う。「どうしてそんなに驚いている」「無自覚…だと?」どうしよう。この男、堅物そうかと思いきや…!「苗字さんと井吹君、仲が良いみたいだね」「楽しそうに言うな!」確か皆帆だっけ。食後のお皿をそのままに、手を組んで楽しそうにこちらを見るんじゃない!せめて食器を片付けなさい!

しかし、井吹はどうしたのだろうか。「何かあっ「掲示板の前で待っている」……た?」私の言葉を遮り食堂から出ていく井吹。どうしよう。何がなんだか全然分からない。分からないけど……「ま、いいか」行けばなんなのか分かるだろうし、今は一時的に得た平和な食事の時間を楽し、


「…………先輩?」
「おおっと剣城、これにはきっと深ーい理由があるんじゃないかな……?」


―――めなーい!まったく楽しめなーい!「今、名前で呼ばれてましたよね」「う、うん、そうだね…?」「いつの間にそんなに仲良くなったんですか」「私が知りたい!」夕飯の食事を乗せていたトレイを持って私に詰め寄る剣城。反射的に椅子を立ってキッチンの方へ逃げようとするのだが、即座に腕を掴まれた。おおっと、こ・れ・は……「逃しませんよ」「で、ですよねー」 名前 は 回り込まれてしまった!▼ うん、でも夕方痛めた方の手首じゃないのに剣城の紳士度を感じるよ!


「よ、要するに剣城は何を言いたいのかな……?」
「デスドロップだけじゃあ足りなかったんですねって言いたいんです」
「えっ!?何、今この場で私デスソードされるの!?」
「室内で何言い出してるんですか?されたいんですか?うわあ変態…」
「露骨に嫌な顔しないでよ!されたくない!……わけではないかもしれない」
「ド変態じゃないですか」
「うるさい性分なんだよ黙らっしゃい」


剣城のシュートは受けると足にびりびり痺れが走って気持ち良――じゃなくて!「必殺技で何を察しろっていうの剣城君!」「っ、言わせるつもりですか?」「出来ることならはっきり口に出して欲しいなー……駄目?」「………ッ、この、人は……!」顔を真っ赤にさせた剣城が思いっきり私を睨みつけた。「え、えっ?」戸惑っていると、肩にぽんっと手が乗せられる。「先輩、剣城が可哀想じゃないですか」天馬君?!「私もそう思います。言わせるなんて…」葵ちゃんまで!?二人は剣城の言いたい事を察してるの!?「――本当は、分かってるんじゃないんですか?」俺の気持ちを知ってるくせに、と剣城は耳元で囁く。私にしか聞こえなかった小さな声に、思わずぞくりと背筋が震えた。


「………じゃあ、剣城も来る?」
「は?いや、そういう問題じゃなくてですね」
「来れば良いじゃんか。ほら行こう」
「……………なんで、そうなったんですか」


え、そうしろって意味じゃなかったの?「要するに私の事心配してくれてるんでしょ?」「……でも、俺まで行くっていう選択肢は思いつきませんでした」剣城はやたら不満そうだが、もうこうするしか剣城の機嫌を取り繕う手段を私は思いつかない。別に私は井吹とどうだとか、そんな事はないのだから。「剣城は心配性だよ、私にそうそう惚れる人はいないって」剣城みたいな物好きが何人もいるだなんてたまらない。「……性格はともかく、井吹は先輩の事をよく知らないじゃないですか」「その幻想はいつか砕かれると思うよ!」見た目女と言われた経歴は伊達じゃないのである。


「ま、剣城の思うような事は無いと思うよ」
「…名前で呼び捨てしてたのに?」
「根に持つんなら剣城だって私の事呼び捨てればいいのに」
「っ、言いましたね?呼びますよ?」
「呼べるもんなら呼んでみなー」


普段"先輩"とか"さん"とか呼んでる剣城がそうそう私の名前を呼び捨てできるはずがない。「くっ……!」ほら、悔しそうな声出てる。「練習に付き合ってくれとか、そんな事でしょ?多分だけど」名前呼びの真意は分からないが、こんな合宿早々にフラグが立ったら私が困る。女の子とのフラグなら大歓迎だけど!みのりちゃんとか!


「――名前さん、何考えてるんですか」
「へ?みのりちゃんの事とかだけど」
「……ッ当にこの人は……!」


「もういいです、行ってきてください」と剣城が私の腕を離した。「心配してた俺が馬鹿みたいだ…」「……剣城君、気がつくのが遅いよ」葵ちゃんが呆れたように呟き、天馬君が剣城に合掌していた。

ちなみに私はどうってことなかったのだが、ここまでの会話は全て井吹と神童以外の、食堂で夕飯を食べていたイナズマジャパンのメンバーに丸々聞かれていたので、剣城は食器を下げたら早々に自分の部屋に引っ込んでいってしまった。皆帆が興味深げに私の顔を覗き込んでいたのは色々と気にしない方が良かったんだろうか。


呼び捨ての謎

(何故いきなり名前呼びになったんでしょうかねー?)

(2013/06/16)


2話から進まないという悲劇