04
※剣城視点


「へえ、黒岩監督のところに?」
「ああ。…名前、お前も…」
「私は今から夕飯の支度の手伝いしなきゃいけないんだ」


葵ちゃんが待ってるから!と宣言して名前さんは台所に走っていってしまった。代表選考のやり直しの可能性より、空野の方が大事らしい。「……しょうがない、俺たちだけで行こう」「……ええ」静かに同意すると、神童先輩が先に立って歩き出す。目指すはグラウンド、黒岩監督のいるところだ。


**


「監督!代表選考をやり直してください!」


今のチームでは勝てません!と吠える神童先輩に対し、黒岩監督の反応は「代表の再考はない」という冷めたものだった。それどころか、「お前たちには奴らの潜在能力を引き出して貰いたい」と言い出すのだ。どうしてそれほどまでに、サッカー初心者なメンバー達を評価するのか俺には分からない。「潜在能力…?」「そこまでに彼らを評価する根拠は、なんですか?」思わず口から飛び出した問いかけを神童先輩に制される。「苗字名前をスタメンに入れる予定は?」「…必要に迫られる事は無いだろう」「――ッ」思わず唇を噛んでいた。――欲を言うなら、先輩と同じフィールドに立って一緒に世界でプレイしたかった。「――監督がそこまで言うのなら、」一度目を閉じ、再び目を見開く神童先輩。


「試合は全て、俺達三人でやります!」


―――

――




「……っと、これで全部片付け終わったかなー?」


説明しよう。何故私はこんなところで器具の片付けをして埃まみれになっているのか?それは葵ちゃんに「あ、私先輩が運んでくれたボールの片付け…!」「私がやってくるから後で葵ちゃんのほっぺたにちゅーさせて!」「ええ!?い、いや、その」「嘘嘘!その鍋任せていい?葵ちゃんがやるより私がやった方が早いだろうしね!」と、言い残して飛び出してきたからである。身長は低い方ではないので、片付けなんて気楽なものだ。――が、


「……ちょっとぐらいならいいかな?」


いつでも練習出来るようにと入口付近に置いておいたボールの入ったカゴを見つめると、どうしてもボールに触れたくなってしまう。「夕飯の準備…」手伝わなければいけないのは分かっているのだけど、ええい!ちょっとだけ!ちょっとだけ、と。「…へへ」ボールを取り出し手の上に乗せると思わず顔がニヤけてしまう。「"爆熱スクリュー"!…って、出来るわけないか」伸ばした足先にボールを乗せて、ぼーっと10年前のFFIの映像を思い出していたその時だった。視界の隅で、閉じていたはずの倉庫の扉が開いていく。「え、嘘!?」これ傍目から見たら私完全に不審者じゃないの!?


「……………何、してるんだ?」
「ココデアナタハナニモミテマセン」
「……………」
「ココデアナタハナニモミテマセンって言ってお願い!」


ボールを投げ出し扉を開けた人物に全力で懇願する。――って、「あれ、えーと……井吹だっけ?」「苗字…でいいんだよな。――何してるんだ?」「え、いや、これはその」ニヤつきながらボールを乗せて、憧れている選手の必殺技名を叫んでいました!なんて言えるはずがない。久しぶりに恥ずかしい思いをしながら「井吹こそ倉庫にどうしたの?」と問うと、「夕飯まで時間あるだろ。…練習しようと思ってな」というとっても喜ばしい返事が帰ってきたので思わず駆け寄った。

あ、そういえば井吹って私とか剣城より身長高いのか。羨ましく思いつつ、「偉い!」ととりあえず褒めておいた。「…偉そうだな」「向上心があるのはとても良い事だと思うよ!」これならキーパーの今後に期待出来るんじゃないのかな、神童?思わず頬を緩ませると、井吹に怪訝そうな顔をされた。「えっ、何その嫌そうな顔…」「嫌そうというか、苗字お前…」変なやつ、という言葉は主に私の登場について言っていたのだろう。まあ、上から降ってくるマネージャーなんてそうそう居ないよね、多分。


「変なやつついでに、井吹の練習に付き合おうか?」
「は?」
「…あー、その顔女子だからって舐めてるな?普段はマネージャーだけど本当は選手よ私」
「じゃあ聞くが、世界レベルのシュートを打てるのか?」
「まあ受けてみてから判断してみるっていうのはどうよ」


シュートを受けるのも快感があっていいけど、シュートを打つのもこれまた快感なんだよね!うふふ!とは声に出さないで心の中でだけ叫んでおいた。…心の中でだけに収めておいたはず、だった。――収めておいたはずだったのだが、どうやら表情に心中が漏れていたらしい。「……いや、遠慮し――」「さあ行こうか!」「おい待て!」「井吹!お前を徹底的に鍛えてやる!」「は!?」微妙に引かれかけていたが、強引に腕を引っ張りグラウンドまで行こうと廊下を走り出した。「あ、私が井吹を抱き上げた方が早く走れたのにな」と思っても後の祭りなのだが。



―――

――




「……ほう、"三人"か」
「FWは剣城、MFを天馬、DFは俺がやります!そして、敵のシュートは!――俺が防いでみせます!」
「………………――――――好きにしろ」


神童先輩の宣言に対し、黒岩監督の返答は『好きにしろ』のたった一言だけ。それをどう受け取ったのだろうか。天馬は少し寂しそうに俯き、神童先輩は拳を握り締めていた。俺は――不安でたまらない。不安で不安でしょうがない。


―――世界一に、なれるのか?


そんな不安で心中を埋め尽くされていた俺は、グラウンドの入口で俺たちの会話を――まさか、井吹と名前さんが聞いているだなんて思いもしていなかったのだ。



宣言


(2013/06/12)