02
※剣城視点

「………はあ」


お台場サッカーガーデンを解説してくれる神童先輩の声は耳に入らない。「聞いているのか、剣城?」「……え、あ、はい」「俺達の合宿所もここだ」そう、今日から合宿なのだ。タッチパネルを操作し、神童先輩がスタジアムへの扉を開く。「わあ!」「おい走るなよ」扉が開くなり天馬は駆け出し――「うわっ!?」飛んできたボールに衝突。「ご、ごめんなさい!」「天馬!」謝罪の声と神童先輩の声が飛び、駆け寄ってきたのは確か…野咲。「おはようございます、もうみんな来てますよ!」彼女が指差した先には選ばれたメンバー達が……何というか、好き勝手に振舞っている姿が。


「練習らしい練習をしていないじゃないか」
「監督は何故こいつらを…」


神童先輩に同調していると、「みんな、おはよーっ!」「…天馬」天馬がグラウンドの中央へと駆けていくのが見えた。どうしてあんなにもあいつは元気なのか不思議でならない。俺は不安でいっぱいいっぱいだというのに。

そもそも、不安なのは代表の選考が行われた時からだ。あの時の事を思い出す。――エキシビジョンマッチは、最悪と言って良いスタートだった。選ばれたのはまるでサッカーの世界大会に挑むとは思えないメンバーで……監督の意図がまったく掴めない。

不安を取り払えないのにも理由があった。――ここ最近、名前さんと顔をまったく合わせていないのだ。俺が代表に選ばれて、先輩がグッドサインを出してくれたっきり。エキシビョンマッチも観てくれなかったらしい。三国先輩は「あいつは結構張り切ってたから消沈したんだろ。今はほうっておいてやるのが一番本人のためだ」と言っていた。家を訪ねてみたかったが、そういえば俺は彼女の家を知らないのだった。せめて先輩に一言『剣城ならやれる』とでも言ってもらえさえすれば、こんな不安は吹き飛びそうなのに。


「――今日からよろしくね!」


天馬の声が、虚しくグラウンドに響いた。まだ顔も知ったばかりのメンバーが反応しないのが、更に俺の不安を煽る。


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その後、やってきたコーチからアジア予選開幕まで強化合宿に入るという説明を聞き、自己紹介を行う事になった。最初に名乗ったのはエキシビジョンマッチで瞬足を披露した瞬木。陸上部で短距離をやっていたという。天馬は笑顔で話しかけていたが、神童先輩の顔は険しい。

野咲は新体操の選手だという。"だった"の過去形ではないあたり、サッカーと並行してやっているのだろうか。その次に名乗ったのは鉄角で、ボクシングをやっていたという。サッカーとはまるで違うジャンルのスポーツに、俺達は驚きを隠せない。九坂は飄々とした態度で「特に、何もしてないっす」と言い、井吹は「バスケットをやっている」と告げた。身長は高く、しかし野咲と同じように"やっている"のあたりに引っかかりを覚えた。

しかし、スポーツそのものが未経験のメンバーもいるらしい。真奈部は「すぐに上手くなりますよ」と得意気になのだが、それが更に不安を煽った。手に持っているのは『はじめてのサッカー』。神童先輩が拳を握り、震わせている気持ちも分かる。分かるのだが……「いわゆる初心者ってやつかな」次に名乗った皆帆も『このチームの頭脳担当は僕になるみたいだ』と言うのだがサッカーの経験は無いらしい。わなわなと神童先輩が震えている。「最後の一人は!?」叫んだ言葉に反応したのは森村という、小さな少女だった。小さな声で自己紹介をした後、神童先輩のサッカーの経歴を問う厳しい声にふるふると首を振る。こちらも初心者。つまり、サッカーをしていたのは俺と天馬と神童先輩だけ。


「コーチっ!このメンバーの選定基準は!」
「……基準も何も、黒岩監督が選出したんだ」


私にも分からんよ、と一旦視線を落とすコーチ。


「だが、理由はどうであれ――――この11人がイナズマジャパンだ」


コーチの言葉に、メンバーを見渡した。正直不安が募るのだが――「剣城」「…天馬」「みんなの分も頑張らないとね」「…ああ」両親、雷門のメンバー、豪炎寺さん、兄さん、白竜……それに名前さん。脳裏に浮かんだ人たちの思いは、特に強く背負っている。「苗字先輩の事考えてたでしょ?」「っ、兄さんや白竜の事も考えていたぞ」「否定しないんだ?」「…っ」天馬の笑顔に弱い俺はとりあえず目を逸らしておいた。ああ考えていたさ!別にいいだろ!会いたいと思っても!開き直っていると、「監督!」コーチの声がグラウンドに響き、全員が入口に立つ黒岩監督に注目した。


「紹介しよう。――このチームのマネージャーだ」


手を広げた黒岩監督に反応するように、入口から一人の少女が顔を覗かせた。「水川、みのりです」……マネージャー、か。「どこの学校だろう?」興味深げな皆帆の声が耳に届いた。整った顔立ちの少女はいかにも先輩が好きそうな雰囲気を纏っていた。「そしてもう一人…入りたまえ」「はーい!」黒岩監督の声への返事と、ぱたぱたと走る音が聞こえてきた。この声には聞き覚えがあるような?足音の主は黒岩監督も水川と名乗る少女も追い越し、グラウンドに駆け込んできた。「わあ!」天馬の嬉しそうな顔に笑顔を返すそいつは、


「雷門中サッカー部マネージャー、空野葵です!」


空野だった。「新生イナズマジャパンのマネージャーをさせて頂くことになりました!」ぺこり、と頭を下げた空野に天馬が駆け寄っていく。神童先輩の緊張が緩み、俺の口元も少し緩んだ。馴染んだマネージャーの一人が補佐をしてくれるのは本当に有難い。「いつ決まったの!?」「今日いきなり連絡が来たの」私もびっくりしてるんだから!と言いつつも空野はとても嬉しそうだ。

「そして―――」再び監督が口を開いた。「まだマネージャーが居るのか?」「二人で十分そうな気もしますが」井吹と真奈部の声が耳に届くと同時に、黒岩監督が上空に手を振り上げた。「…?」神童先輩と顔を合わせて首をかしげた瞬間だった。背中に巨大な衝撃が走る。「ぐあっ!?」「剣城!」グラウンドにめりこむ体。天馬が駆け寄ってくるのが見えた。「……は?」神童先輩の声が、俺の背中に飛び降りてきた人物に向けられてなのか間抜けに響いた。




「苗字名前!マネージャー兼、非常事態用ベンチであります!」



「監督!空から先輩が!?」

(私に聞くな)
(っ、どうして名前がここに!?)
(いや本当色々あったの。色々)

(あれ、剣城大丈夫ー?)
(…………とりあえず後で一発殴らせてくれませんか)
(ひいっ!?)

(2013/06/08)


剣城の好感度が少し下がったらしいです。