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「監督!もう私行きたくないです!」
「…駄々を捏ねるな」
「聞いてなかったですよ!――……がいるなんて!」
「私には関係の無い話だ」
「そんな殺生な…!」


部屋の中からかなり本気の名前さんの半泣き声、そして数十秒後に開いたドア。「…ごめん剣城、部屋に戻るわ…」どうやら交渉は失敗に終わったらしい。送りますよ、と言うと井吹と自主練するんでしょうと返されて手を振られてしまう。

そのままふらふらと歩き出した名前さんの背中を見つめた。…結局、今日の昼間(多分明日も、だけど)何をしていたのか、どこに言っていたのか、詳しい話は聞けなかった。そもそも、知り合いの手伝いに行きたくないという要望をどうして監督に言うのか不思議に思った時点で口に出していても良かったかもしれない。でも、あんな状態の名前さんを問い詰めることは得策ではないように思えた。


「……小さい頃に書いた手紙、か」


**


部屋に戻り、放り出していた携帯電話を机から取り上げた。パネル式のそれに浮かび上がった数字のボタンを打ち込んで耳元にあてる。数コール目でがちゃん、と受話器を取る音。


「はい、倉間ですk――」
「のりびどおおおお!やまとが!やまどがあああああ!!!」
「耳痛っ!?は!?名前か!?うるっせえよ!」


耳に入ってきた声が久しぶりに聞く幼馴染のものだったから色々と決壊した。(主に心のダム的な何かが)「大和が出たの…」「誰だそれ。幽霊か何かか」「違う!うちの母さんの知り合いの息子!」「んなもん俺が知るか!」「知ってて!」「理不尽だよ黙れ!」電話口の怒声が非常に恋しい。


「……あ゛ー…叫んだらちょっとすっきりしたかも」
「お前…」


俺いい迷惑なんだけど、と心底嫌そうな声を出す倉間はでも、電話を切らないだけ優しいとおもう。本当に幼馴染って素晴らしい。というか倉間の人間性が素晴らしい。

…まあそれは口に出すのは恥ずかしいし、今はそう、千宮路大和だ。彼は母さんの知り合いの息子である。今は海外で働く母さんだけど、私が小さい頃はその腕を買われてたくさんのプロジェクトに関わっていた。そこで母さんと知り合ったのが千宮路大悟で、お互いに年が同じぐらいの子供がいるということで話が弾んだらしい。そこでお互い子供が友人に苦労しているという話が出たのをきっかけに、私達は引き合わされることになった。私はというとその頃はむしろ大人しい子供だったのだ。常に倉間の後ろに隠れているような、そんなタイプだった。(むしろ倉間に依存気味だったかもしれない)それに対して大和は小さい頃から王様俺様大和様だった。そんな私達が引き合わされたらどうなるか?

当然、いじめっ子といじめられっ子の図が流れるように完成するわけだ。子供のいたずらだし、今思い返せば虫だとか蛙だとかを使った可愛いものばかりだったけれど、当時の私は大和を酷く恐れていたのである。ぬいぐるみを取り上げられたり、苦労して作り上げたトランプタワーを崩されたり、王様と家来ごっこをさせられたり…流石に真っ暗な倉庫に閉じ込められた時は最終的に泣いた。多分、その時が初めて男の子の前で泣いた時だったのだろう。(あの時は流石の大和も慌てて倉庫から出してくれた)千宮路親子が帰った後、私は毎回倉間の家に飛び込んで倉間に泣きついて怒られていた記憶がある。


「あー…よくわかんねえけど、あの時のお前がすっげえ嫌がってたやつな…千宮路かよ」
「え、なにかあるの?」
「いや、今年のホーリーロードの決勝戦のチームのキャプテンだった」


それで明王の兄さんにスカウトされたのか!「そういえばサッカーでもボコボコにされたなあ…」一番悔しかったっけ、あれは…何度蹴っても止められて、ひたすら馬鹿にされた記憶がある。そんな大人しくてそれなりに泣き虫だった私が今の性格にシフトチェンジしたのにはまた別の話があるのだが、その話は今は関係無いのでスルー。


「で、何があったんだよ」
「……だから、その、小さい時に?王様と家来ごっこして、それで……」
「歯切れ悪いな。それで?」
「………その時に書かされた一生忠誠を誓いますっていうのを、大声で読まれた......」


数泊置いて、受話器の向こうで倉間が思いっきり吹き出す声が聞こえた。「笑い事じゃないんだって!南沢さんとかも聞いてたんだよ!?」「みなみっ…?」ひ、ひい、と必至に声を絞り出そうとしている倉間から声がきちんと出るまでには時間がかかった。

――要するに、レジスタンスジャパンでの初日はそういう日だったのだ。



下っ端だった日



(2014/02/07)

前々からとても絡ませたいと思っていたのでやらかしました。褐色っていいですよね…!
ちなみに剣城に対して誤魔化した発言をしたのは弱みを見せたくないから。剣城の前では常に好きだと言って貰えた自分を保ちたいようです。過去の弱い自分を見せるのは、それを知っている倉間に限定されると思われます。こういう関係がすごく好きってだけです。

多分剣城は受け止めてくれるんだろうと心の底では思ってるけど、でも晒す勇気のない主。剣城はそんな主に多少物足りなさを感じてる。倉間はそれらを大体悟ってるので、結局苦労するけどそれを自覚しつつ主と剣城の世話を焼かずにはいられない感じです。

結論:倉間はそんなことをしてたら多分彼女出来ない