32



「それじゃあ、今日も練習だ!」


天馬君の声がグラウンドに響く。

オーストラリア戦も経験し、メンバーがそれなりにサッカーに慣れたとみた天馬君達は今日からもっと実践的な練習に入ると告げた。みんながオフェンスとディフェンスに別れるのを横目に、私は葵ちゃんに頭を下げる。


「…本当にごめんね、押し付ける形になっちゃって」
「いいんですよ、気にしないでください!」
「戻ってきたらやれるだけやるから、無理しないでね?」
「大丈夫、任せてください!」


笑顔で胸を叩く葵ちゃんはもう聖女そのものである。結婚したい。


**


――冗談はさておき、だ。

私は明王の兄さんに脅された上に黒岩監督の指示に逃げ道を塞がれ、"レジスタンスジャパン"なるチームでイナズマジャパンの障害になる役目を課せられた。詳しい話は誰かも聞けていないうえにこのことは誰にも話してはいけないと釘を刺され、写真をチラつかせられたら口を噤むしかない。

葵ちゃんにはしばらくの間、知り合いの手伝いに行くから練習の一部の時間を任せっきりにしてしまう、と伝えた。(嘘ではない)他のみんなには監督から伝えて貰えることになったので、不安に駆られつつも練習をしているみんなを横目に、私は監督にドナドナ連れられ宿舎の駐車場にやってきていた。よう、と手を上げる明王の兄さんは絶対に暇人だと思う。トマト投げたい。


「……午後六時までだ、頼むぞ」
「はいはい、分かってますよーっと…おら、覚悟決めたか?」
「決めた決めた!もうどうにでもなれ!」


ヤケっぱちになって叫んで、車の助手席に乗り込むと元気じゃねーか、という明王の兄さんのからかい声が聞こえた。ドアを占めることでそれが耳に入るのを断ち切ってやる。「じゃ、借りてくんで」「…ああ」監督が踵を返し、グラウンドに戻っていく。みのりちゃんがそれに続くのを車のガラス越しに見送った。さて、と言いながら車の運転席に乗り込んできた明王の兄さんが笑う。


「飛ばすぜ、おじょーさん」
「おじょっ…?!」


いつものニヒルな笑みとともにそんなことを言われたら、そりゃもう鳥肌ものである。「やだ寒いよ兄さん、暖房入れるね?」「お前ふざけんな」今日全然寒くねえだろうが、ガソリンの減りが早いんだよ、なんて言い出す兄さんに思わず笑っていた。


「ほんとに機嫌良いのな、名前」
「っへへ、そう見える?」
「昨日あんだけ嫌っそうな顔してたのによ」
「本音を言うなら誰とも知らないチームに入るのは嫌だけどさ」
「嫌だけど?」


「…まあ、みんな頑張ってるわけだし!」


私にも出来ることがあるなら、やれることがあるのならそれをやりたいだけだよ。

そう言うと楽しそうに明王の兄さんは笑った。じゃあ行くぞ、という言葉に頷いてシートベルトを斜めに賭けた。アクセルが踏み込まれてゆっくりと車が動き出す。


「あ、そういや言って無かったな」
「なに?」
「俺のチーム、多分お前の知ってるやつが結構いるぞ」
「えっ?え、えっ!?」


ちょっと待ってなにそれ聞いてない!



頼れる人がいるから、いいかなあと思ったのです



(2014/02/07)

レジスタンスジャパンに通いつつイナジャパのマネジもするって…主つよい(確信)