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ホーリーロードスタジアム。大勢の観客が身守る中、ぞくぞくとした快感を感じながら雷門の列の最後尾に私は立っていた。


「あー……うー……イイワこれ。超いいわこれ」
「しっかりしてください先輩、ほら顔直してください。真面目な方向に」
「えー?……だってねえ……ふふふえへへひひひ」
「気持ち悪いですよ」
「えへへー?ふっふひひひゃあ」


キモいですよ、と再び剣城の冷たい声が耳に届いたので必死で口元を閉じる。が……「ふへっ」「……剣城、諦めろ。お前が言っても聞かないんじゃ後は観客席の空野か前の信助にキモイって言われなきゃ止まらんぞ」「でも三国先輩、」「ほっといてやれ」「……分かりました」こんな会話を聞いても私は気分を害さないくらいテンションが高い。もうぶっちぎれる勢いだ。

フットボールフロンティア・インターナショナル……通称『FFI』。少年サッカーの世界大会に今回は女子も参加出来るとのことで、それに私が食いつかないはずがなかった。ちなみにここに立つまでに色々なことがあったのだが、その話はまたどこか別の場所で。


『さァ!新生イナズマジャパンが発表されようとしています!』
「ふおおおおおおおおお来たこれ!」
「よしそろそろ黙れ名前、他のやつらに迷惑がかかる」
「あづっ!?」


可愛らしい顔して霧野の拳の攻撃力はまた高まったみたいだった。


**


『私が、イナズマジャパン監督の黒岩だ』
「あ、向こう側の席に座ってるのってもしかして豪炎寺修也さん…!?」
「静かにしろって」
『……が、日本代表として選ばれるのは……』
「というか他の学校のサッカー部って初めて見たけど…そそる」
「おい聞いてたのかよ名前?選ばれるのたったの11人だけらしいぞ」
「っうわ!あのエロオーラ放出を隠そうともしない歩く18禁は南沢さん…!?ひいいい」
『――新生イナズマジャパンのメンバーを、発表する!』
「あ、光良達も滝兄弟もいる」
「話を聞け!」


不意打ちでめり込んだ倉間の右ストレートが腹に突き刺さり思わず「うぐっ!?」と声が出てしまった。腹を抱えてしゃがみこむ。「奇跡の一撃だったな、とりあえず発表だから黙ってろ」「……ううっ」今回は倉間が正論なので言い返せない。(そして初めて倉間にパンチを決められてしまった。)いや、しょうがないと思うんです。世界大会だし顔見知りもいるしでテンションが上がらずにはいられなかったの!しかし真面目にしておかないと、代表の選考から漏れるかもしれない。

全員の視線が一点に集中した。――あれ?この人黒岩って有名な監督さんじゃない?円堂さんじゃないのは少し残念だけど、この人のサッカーにはとても興味がある。さあ選ばれろ!自信なら少しだけあるぞ!拳を固めると、黒岩監督のサングラスがきらりと光った。


『イナズマジャパン――キャプテン、松風天馬』
「…あれ?」
「何だよ、お前キャプテンが良かったのか?」
「うん」
「……お前にチームの要任せたらチームが崩壊するわ」


倉間の言うことに何故か変な説得力が篭っていて冷や汗が垂れた。え、ええー?的確な指示は出せると思うんだけどなあ…「そういう問題じゃねえ」「…えー?」「少なくともお前がチームを率いて世界を目指すなんて無理だろ」「ちなみに天馬君なら?」「あいつなら信用出来る」「そういや私天馬君の指示の下でサッカーしたことないんだよねー」「やってみれば分かるさ」「うん、今度頼んでみよ」明るい笑顔の後輩は、世界への切符を手に入れて顔を輝かせていた。


『――神童拓人、剣城京介』
「お、神童に剣城だ。…次かな?」
「自分が呼ばれるって前提かよ」
「開き直って堂々としてる方が自信に溢れてていいんじゃないかなって!」
『――瞬木隼人』
「あれ?」


ずるり、と膝から力が抜けた。予想していた自分の名前が呼ばれなかったからではなく、そんな選手の名前に聞き覚えが無かったからだ。あ、あれー?瞬木、瞬木…?サッカー会では聞いた事のない選手の名前だ。「誰だろ、倉間聞いた事ある?」「……ない」緊張しているのか、声が震えている倉間。自分より低い位置にあるその頭をぐりぐりと撫でてみる。「っ、何すんだよ!」「まだ諦めるのは早い!」「……分かってるっての!」いや、まあ倉間を励ます以上に自分のための言葉だ、これは。「……世界、行きたい」なんとなく察してしまったのは呼ばれない雰囲気。雷門から他校の選手へと呼ばれる順番が変わったのが分かってしまったからだ。


『――野咲さくら、九坂隆二』


剣城と神童と天馬君と、一緒のフィールドに立ってみたいと思うたびに自分の名前は呼ばれない。が――「野咲さくら?」嘘でしょう!?私彼女のファンなんだけれども!あの可愛い容姿ときらきらと舞う姿に惹きつけられてテレビに見入っていた記憶はまだ新しい。。でも何で新体操じゃなくサッカーで世界?九坂という名前にはまったく聞き覚えがないが、『――真奈部、陣一郎』この名前は聞いたことある気がする!サッカーじゃないしサッカー関係だったら覚えてるけど、あああ何だったっけ?「身悶えるな苗字」「三国さん今話しかけないでください」呼ばれない不安と思い出せないもどかしさで目つきがすこぶる悪くなっている私に、「あ、ああ…」と三国先輩が引いていくのが分かった。


『――鉄角真、森村好葉、皆帆和人』


今、10人。残りは後1人。呼ばれていないのはゴールキーパーのみらしく、三国先輩と信助が背筋をぴん、と伸ばすのが分かった。「……あ」呼ばれ、ないだろうな。いやキーパーも出来るといえば出来るけど、三国先輩レベルではないのだから呼ばれるはずがない。


『井吹、宗正。―――以上、11名だ』
「……ッ」


予想通りとは言えど、目を見開いて硬直してしまう。「……苗字、先輩」「……信助……」一番ショックを受けているのは私以上に信助じゃないだろうか。天馬君も剣城君も呼ばれたのに一人取り残されるなんて。「……選ばれなかった」「……ね」「珍しいこともあるもんですね?苗字先輩がそんなに落ち込むなんて」「狩屋だって泣きそうじゃんか」「っ、どこ見てんですか!」顔見りゃ一目瞭然だっての。『呼ばれた者は、前に出るように』ああもう!こうなったら応援してやる!


「世界一になってよ、神童、天馬君、剣城!」
「……苗字」
「…苗字先輩」


「―――名前さん」


一度だけこちらを振り向いて笑顔になった剣城にグッドサインで返しておく。世界代表を羨ましいと思うのは当然だが、剣城の活躍が観れるのならいいかな。前に並び立つ世界への切符を手にした選手たちが黒岩監督の演説を聞いている。私はというと、既に耳に言葉は入って来なかった。ああ、「……世界、行きたかったな」列から離れ、歩き出すことにする。「おい苗字、どこに行くんだ」「帰って寝る!」「は!?」「おい、これからエキシビジョンマッチがあるって言ってるのにか!?」「うん!家帰ってテレビで応援する!」襲ってきたのは疲労感と眠気。ここ最近はずっと雷門での練習に混ぜてもらっていた他にも寝る時間を削って走ったり走ったりを繰り返していたのだ。報われなかったのだからせめて健やかに眠りたい。


敗北の帰宅路


(2013/06/08)