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オーストラリア戦の後半は、恐ろしく白熱していた。

井吹が安定してゴールを守れるようになり、カウンター攻撃から瞬木の必殺技が決まった。そして、その得点に貢献していたのがさくらちゃんだった。それまでのミスが嘘のように、容易くアシストをこなしたのだ。サッカーがチームプレイだと、ここでやっと彼女は認めたのだ。天馬君が嬉しそうにさくらちゃんに駆け寄る光景を、ベンチから私はしっかりと見た。

そこからは試合ががらりと変わった。まず、声を掛け合うようになったのだ。些細なことだが大きな進歩だ、と呟いた監督の声に思わず同意していた。(当然、心の中でだけ)そして、敵の必殺タクティクスを破ったさくらちゃんの姿に会場が沸いた。そこから追加点を入れたのが真名部だったということには少し驚いたけれど、でも。


「楽しそうにプレイしてて、良かった」


みんなで一番になればいい、と言った天馬君の声は私にも聞こえていた。嬉しくなって口元が緩む。―――視界の隅に映った、オーストラリア代表選手の腕に奇妙な血管が浮かび上がっているのは知らないふりをして。


***


「…苗字さん、どこだろ」


更衣室から出て、真っ先に空野さんのところに行ったのに苗字さんはいなかった。剣城君に聞いてみても自分も探している、としか聞けなかった。そろそろバスに戻らなきゃいけないのに、彼女は何をしているんだろう。

……でも本当、彼女はとても不思議だ。まさか抱きしめてくるなんて思わなかったし、なんだか苦手だと思っていたのに今じゃ警戒心は解かれてしまった。多分、さっきの試合の影響も大きいのだろうけど、…好葉とだって空野さんとだって、苗字さんとだって仲良くしていきたいと思っている。

本当にどこに行ってしまったのか。みんなのところはもう、ほとんど回ってしまったと思う。さっきの試合のことでキャプテンは飛び跳ねるように喜んでいたし、――神童さんはやっぱりちょっと怖い顔だった。そうだ、あとできちんと好葉にも謝っておきなきゃなあ…パパとママにもきちんと話をしなきゃ。


「って、居た!苗字さ―――……」


窓からちらりと見えたその目立つ後ろ姿に、大きく声を張り上げ――そうになって、踏みとどまった。あれ、苗字さん一人じゃない。…なんだか、とても怖そうな大人の男の人と一緒だ。こそこそと話し込んでいる様子が気になって、思わず自動ドアから外に出ていた。ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。二人はこちらには気がつかない。






「……じゃあ、受けるな?」
「その写真チラつかせながら言わないでよ!…まあ、断らないけど」
「お前に話が通じるって良いな」
「顔を仰がないでってば!ううっ、どうせ監督からも言われてるし…」
「じゃあどうする?また俺が送ってやろうか」
「みんなと帰る!明王の兄さんは一人でさみしくこれでも食べながら帰ってればいいんだ!」
「これ?――ってお前これトマトじゃねえかふざけんな!」
「さっきそこのスーパーで買ってきてあげたんだよ!きっと髪の毛増えるって!」
「髪の毛は関係ねえだろ!」


……な、なにこの会話。いやその前に、怖そうな男の人と苗字さんの関係ってなんなんだろ。結構親しそうな雰囲気だけど、でも受けるだとか、断るだとかの会話はとても気になった。男の人がひらひらと苗字さんの前でちらつかせている紙みたいなのも気になる。


「……まあとにかく、こっちにもちゃんと顔出せよ。時間が許す限りこっちで練習しろ」
「監督はいいって?」
「ああ、むしろ俺にお前を押し付けてくる勢いだったぜ?」
「え!?」
「嘘だっての。…まあ、俺が引き抜いたってことでいい」
「…………」
「不服か?イナズマジャパンを"潰す"側で」


――潰す?


「……私は、"支える"側がいい」
「でも、これは必要な刺激だ。今のレベルじゃ本戦は戦えない」
「私が明王の兄さんに付いていくことで、みんなの力になれるんなら、まあ…」
「そんな苦々しそうな顔すんなって。終わったら戻るんだろ?」
「気まずいことになるの目に見えてるよ!」


あああああもう!と叫んで頭を抱えた苗字さんに、男の人はニヒルに笑って頑張れよ、と告げてそのまま去っていった。しばらくして、溜め息を吐いた苗字さんがこちらに近づいてきたから思わず隠れてしまった。

――――私、もしかしてとんでもない会話聞いちゃった、かも?



笑顔とその裏側



(2014/01/30)

支部に行ってさくらちゃん漁ると幸せな気分になるためさくらちゃん回は贔屓しました(笑顔)