26
「鉄角、ちょっといい?」
「……苗字?」
脱退試験に誰も合格することなく、迎えた後日。
ようやくまともな練習が開始されたグラウンドの隅で、汗を拭っていた鉄角に歩み寄って声を掛けた。多分、私の顔は暗かったんだろうと思う。なんだよ、とぶっきらぼうながらもこっちに振り向いた鉄角の顔を、なんとなく優しいものに感じた。
**
「これが次の対戦相手、ビッグウェイブスのデータです」
真名部が手元のタッチパネル式の端末を操作すると、スクリーンに選手の顔とそれぞれの選手のパラメータが表示された。試合での平均得点は7.67の、常に大量得点を叩き出すのだという。10年前は明王の兄さん曰く強固な守備が特徴的だったとか言ってたけど、やっぱり時代というのは色んなものを変えていくらしい。今度会ったら教えてあげよう。
―――さて。
「どうやって守るかが、問題だな…」
天馬君の呟きに神童が顔をしかめたのが分かった。眉間にくっきりと刻まれたあのしわ…井吹だけではなく神童もそれなりにストレスを溜め込んでいるらしい。なんとかしないといつか爆発するんじゃなかろうか。無償に霧野を探したくなってちらりと左右を伺うと、隣に座っていた好葉ちゃんとばっちり目が合った。――瞬間、目を見開かれて顔を逸らされてしまうもんだから心がポッキリ逝ってしまいそうになる。
「データは単なる数値。実際に戦えば、弱点を見抜いて見せますよ」皆帆が得意げに言うもんだから、思わず俯いていた顔を上げた。名目上は仮にも世界大会。そんな行き当たりばったりで戦おうなんて、
「……それじゃ、間に合わないんだ」
やっぱり、神童は認められないだろう。
気がついた時には大量得点を決められて、取り返せずに試合終了。
相手が至って普通のチームで、練習試合をしようというのならその選択肢も有りだったのかもしれない。でも、世界大会でそんなことをしていたらきっと負けてしまう。…実際は世界一じゃなくて、この星の存続を賭けた戦いなのだけれども。
「ぅ、あー……」
「……………………」
「きっ、つ」
―――頭を抱え込んで机に突っ伏すと、丁度そのタイミングでおばちゃんがやってきてさくらちゃんを呼んだ。ミーティングが一時的に中断される。突っ伏した私にどうしたんですか、と振り返った剣城が聞いてきた。なんでもないよ、と答えながら顔を上げる。
「………あの、具合、悪い…ですか」
「好葉ちゃん」
恐る恐る、といった様子が手に取るように分かる好葉ちゃんが私を覗き込んでいた。驚きで思わず目を見開いて、はっとして咄嗟に笑顔を作る。「だ、大丈夫大丈夫!ちょっと調子が悪いだけだよ!」ぶんぶんを目の前で手を振って、ありがとうと言うとおずおずと頷かれた。なんとなくホッと胸を撫で下ろす。
――――誰かに、抱え込んだ秘密を吐露してしまいたくてしょうがなかった。
もう後には引けない
**
「……脱退試験の時、どうしてゴールに入れられたの?」
「お前、俺達を追い出したかったのか」
「違う!違うよ、……そういう意味じゃなくて」
あんなにサッカーが嫌だって、言ってたのに。
思わずそう呟いていると、鉄角がからからと笑いだした。「な、なに」「いや!なんて言うんだ?人間味に溢れてるっつーか!」芝生を叩いてくつくつと笑いをこぼす鉄角。「いやー、お前のことよく分かんなかったけどさ、割と簡単かもしんねえな」そんな顔も出来るんじゃねえか、と言われて思わず自分の頬に手をあてていた。「…どんな顔?」「そうだな…怯えてるって言えばいいか?」「……」思わず黙り込んでしまうのは、心当たりがあるからだ。真実を隠されたまま開催されている、この世界大会にみんなが挑んでいることに私は怯えている。
――――負けた時のことを考えて、震えている。
「まあ、あの時はあの時っつーかさ」
キャプテンの影響もあるかもしんねえ、と鉄角は言った。「後な、思い出したんだよ。――それに男ならやるときはやれ、ってな」あそこで引き下がってたらカッコつかねえだろ、と再び鉄角はからからと笑う。
「どう言えばいいんだろうか。――キャプテンなら、まあいいかって思ったんだよ」
にやりと笑って、立ち上がった鉄角の顔はすっきりとしていた。洗濯頼むぜマネージャー、と使っていたタオルを私に押し付けて、すれ違いざまにぱしりと肩を叩いて。グラウンドに走っていく背中を無性に追いたくなってしまったのは何故だろう。
(……天馬君なら、ついていける…?)
(2014/01/23)