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(瞬木視点)


「苗字、こんなとこにいたんだ」
「……瞬木」


台所で見つけた苗字に向かって、とりあえずは笑顔を向ける。友好的な、敵意を感じさせないタイプのやつ。苗字の手にはコップ…ああ、水でも飲んでいたんだろうと結論を出すのには数秒も必要無かった。…なんだこいつ、一丁前に落ち込んでんのかな?脱退試験の件で?参ったなあ…剣城だけに探しに行かせとけば、こんな面倒な事にならなかったのだろうに。


「試験、始まるけど行かないの?」
「行くよ勿論!…探しに来てくれたんだ、お手数おかけして申し訳ない」
「……なんだか元気無さそうだけど」
「いや、それはないって!ほら名前さんは常に元気百倍ですし」


へらへらと笑う、目の奥は確実に笑っていない。作るのが下手くそなのだと一瞬で分かる。ああ、だからこの手のタイプには近寄りたくないんだ。無意識で無自覚で、人類みな友達感覚のおめでたいヤツ。それもとびきりの!

最初の頃はそれもあったから近寄らないようにしていたけど、でも実は扱いやすい性格なのだと理解した。だからこそ上手くやれば利用出来るかなと思っていたけど――無理だ。やっぱり馴れ合うのは嫌だし、ちょっと近寄ると調子に乗りそうだ。なんとなくキャプテンに通じる(でもやっぱり別の種類の)サッカー馬鹿と、会話を重ねるのは利益にならない。


「それならいいや。行こう、みんなもう行ってる」
「あ、ほんと?ごめん瞬木は…あ、もしかして」
「俺は残るよ。後は井吹がね」
「……そっか。ありがとう、すごく嬉しいよ」
「ありがとう?」
「うん、ありがとう」


―――瞬木が残ってくれるのが嬉しいから。


「出来ることならみんな、行かないで欲しい…かな。我儘だけどさ。…瞬木?」
「……え、あ、うん」
「なあ瞬木、もしかして私スベった?いきなりクサい事言い出したから?反応に困った?あっごめん本当ごめんついその!」
「や、もういいから!」
「すみません!」


制止すると素直にマシンガントークをストップした苗字になんとなく、胸を撫で下ろす。――俺が残るのが嬉しいと言った時の苗字の目はきらきらとしていて、汚れのない純粋な――まるでキャプテンと同じような反応だった。(やっぱりどこか違うのだけど)なんだよこいつら。そんなに友情ごっこが好きなのかよ。「瞬木どうしよう、私コップここに置いてていいと思う?」「さっさと行くよ!」「イエス!」あ、違うところが分かった。なんというかキャプテンは優しく通り抜けていく風みたいだけど、苗字はこちらを巨大な力でぐいぐいと引っ張ってくる…ような気がする。


「ああもう!早く行くぞ!?」
「瞬木すっげーイラついてる怖いごめんほんと悪かった!」


苛立ちの勢いが余ったのか、咄嗟に苗字の腕を掴むとそんな言葉が返ってきた。細いように見えるのに、以外としっかりした骨をしているらしい苗字の手首は強く握っても折れる心配はあまり無さそうだ。もういいや、このままスタジアムまで引っ張っていってやろ。


瞬木君の苦悩



(2014/01/10)

瞬木回。腹の底で考えてるのがこれぐらいのレベルならあんなアズルにはならなさそうなので偽物臭が恐ろしい。