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剣城とひたすらにボールを蹴ったその次の日。


「……ではこれより、"イナズマジャパン脱退試験"を行う」


黒岩監督の唐突な宣言が、私の手から持っていた洗濯物のカゴを取り落とさせた。







「パスした者はチームからの脱退を許そう。勿論、入団時の契約は果たす」
「監督、本気ですか!」


ベンチの壁に背中を付けて、その言葉を信じられない思いで脳に叩き込んだ。神童の訴え声を背中に駆け出して、そのまま全力で走って宿舎に飛び込む。複数の洗濯機に全ての洗濯物を突っ込んで普段より粗めに洗剤も分量を適当に放り入れた。「どうしたの名前ちゃん、騒がしい」「ごめんおばちゃん私ちょっとお昼ご飯の手伝い遅れるかもしれない!」叫ぶだけ叫んで、ジャージの足元をたくし上げる。

再び出来る限りの全力で走って、グラウンドの傍まで走って戻って来た時にはもう、みんなは解散してしまっていた。まさか試験は今からで、…移動した、とか?咄嗟に携帯を取り出して、登録している剣城の番号を選んだ。何度かのコール後、「…名前さん?」と私を呼ぶいつもの剣城の声。少しだけ不思議そうな声に酷く安心感を覚えた。


「…グラウンドに誰もいないんだけど」
「ああ、それなら今―――」


**


「監督、何を考えてるのかなあ…」


玄関ホールに着いた時に、一番に耳に入ったのはさくらちゃんのそんな言葉だった。エレベーターを避けて階段でこそこそと下りてきた判断は正解だったらしい。明らかに和やかではない雰囲気がフロアを満たしており、私はこそこそと気がつかれないように入っていって、「……あ、剣城」「名前さん、階段から来たんですか」「いや、まあ、うん」一番近い場所にいた剣城の影にこそこそと隠れるように近寄った。

剣城によると、試験の内容はPK戦で、シュート本数は5本。――シュートを全て、外したら試験終了。望み通り、イナズマジャパン脱退。


「…入れる、じゃなくて?」
「良くわからないですけれど…"外す"、らしいです」


あの監督は何を…と神童がぶつぶつ言っているのが聞こえた。「無人のゴールでPKで、外せば合格…」……えっ?今天馬君何て言った!?目を見開いて剣城を凝脂すると顔をしかめられて一歩後退された。「キーパー無しでPKってどういうこと…!?」「いや、俺が知りたいぐらいで…!」なにそれ、なにそれ!?


「やっぱり辞めたい人は、好きにして良いって事じゃない?」








――――悪魔が、私に語りかけた。

脱退試験で誰かが抜ければ、試合に出られるんじゃない?だとか、こんなチームじゃ地球を守るなんて、だとか。頭の中に一瞬で浮かんだその考えをすぐに振り払うことが出来ない自分に酷く混乱して、思わず耳を塞いで座り込んだ。剣城が視界の端でどうしたんですか、と口元を動かすのが分かる。なんで私、…ごめん、ごめん剣城。

……剣城の目の前で、私はなんてことを考えたんだろう。

汚い考えばかりがぐるぐると頭のなかで渦巻いていた。井吹が何事か叫んでいるけど、言葉を判別する余裕すら私には無くなってしまったらしい。……部屋にでも戻ろう。一回、この場を離れよう。頭を、頭を冷やさないと。


「名前さ、」


剣城が私の名前を呼んだような気がしたけど、――罪悪感でいっぱいの私はそれどころじゃない。



振り払えない悪魔の声



(2014/01/10)

無意識のうちに裏切るような事を考えて一瞬でその考えを捨てきれなかった結果罪悪感に苛まれるそんな状態。