22


井吹はかなりのやる気を出していた。個人としてそれはとても嬉しいことなのだけれど、理由を問わずともなんとなく原因が分かってしまったから苦笑した。


「……っ、神童…!」


自覚があるのか無いのかは分からないけれど、時折神童の名前をぶつぶつと呟いているのである。この間のファイアードラゴン戦(…最も選手の中の人、は異星人だったわけだが)でゴール前を神童に守られていたのが余程キたらしい。まあ、プライドを傷つけたのだろう。井吹プライド素で高そうだもんなあ…バスケでは天才プレーヤーだったと聞くし、庇われたという事実が重いのだろう。ただしこの場合、私は神童の判断は正解だったなあと思ってしまうのだ。流石に今の井吹は経験値が不足し過ぎている。

ちなみに剣城に頼まれた手伝いは、二人の為にボールを運んだりドリンクを用意したり、…要するに普段の私のマネージャー業務だった。二人の疲労度を見計らって休憩を入れて欲しいと要求されたところで、私のマネージャー能力は過大評価されているのではないかと不安になったが、剣城はともかく井吹はかなり分かり易かったから良し。(ちなみに後日、葵ちゃんに剣城は普段からポーカーフェイスな事が多いから、細かな動作で判断しないといけないんだよねえと零すと、二人の評価は過大じゃないと念を押された。これって気持ち悪がられないんだ!?ということに私は驚いた。葵ちゃんには驚き返された。いやだって変態っぽい…やめよういつものことだ。)




「っ、ぐあああああ!」


剣城のシュートをもろに受けた井吹が、ゴールポストに背中から倒れこむ。そろそろ限界が近いな、と感じたのは私だけではなく剣城もだったらしい。「今日はこのぐらいで…」練習を切り上げようとする剣城の判断は妥当だ。「まだ、…まだだ!」しかし、井吹は納得しない。息を切らしながら立ち上がる。……執念?と言えばいいのだろうか。自分を認めさせたい、そんな執念。


「でも井吹、無理し過ぎたら明日の練習に、」
「名前は黙ってろ!…黙って、見てりゃいいんだよ!」


………


な、なんだそれ。井吹君それなんですかそれ。黙って俺に付いて来い的なニュアンスだったの?それとも剣城のシュート受けて吹き飛ばされる自分を見ててってそれ何プレイなの?「…手加減しないぞ」ちょっと剣城くーん!?どうしてそっちに走ったー!?井吹もだけど剣城だって十分疲れてるでしょもう休みなさい!晩御飯の時間だって迫ってるんですよ!?「望むところだ!」ああああもう!何のために私をここに呼んだんだお前ら!


「……いや、……うん、もうなんでもいいよ……」


もう何を言っても耳に入れてくれなさそうな二人が特訓を再開したので、溜め息を吐いて頬に手を宛てた。――ちょっと、びっくりしたのだ。黙って見てろ、だなんて。「勘違いしろって言ってんのか無自覚なのか…!」井吹はうん、天然も入っていると今のところは結論付けておきましょう。ちなみに今のセリフ、剣城に言われていたら私は死んでいた。(井吹に言われたという現実だけでも十分にダメージは大きいのだけど)

井吹は私を何だと思っているんだろう。いやそもそも、先日の皆帆だって私に対する認識はあやふやだった。さくらちゃんは多少話しかけてくれるものの、心のどこかで私を警戒している節がある。好葉ちゃんなんか目に見えるから泣きそうになる。

要するに、私は私として認識されていないんじゃなかろうか。

実際、このメンバーの中で言うなら本当に付き合いが長いのは神童を筆頭に剣城と天馬君、それから葵ちゃんだ。……まあ、私もよく分からない怪力マネージャーとかいたらちょっと警戒して近寄りたくなくなる。もう少しみんなと仲良くした方がいいなあ…でも複雑だなあ…なんて考えていたら流石に聞き逃せない井吹のうめき声が聞こえてきたので顔を上げた。って、



「ああもう!言わんこっちゃない!」


薄目を開けて、必死に起き上がろうとする井吹に駆け寄って肩を貸してやる。「……ッ、離せ!」「これ以上やると試合に支障きたしてまた神童にゴール守られるよ?」「っ、ぐ」心底恨めしそうな目で睨みつけられても…とにかく井吹はさっさと晩御飯を食べて汗を流して布団に入るべきだ。剣城は…まだ余裕がありそう。


「剣城!」
「…なんですか?」
「私井吹運んだらこっちに戻ってくるから、剣城に余裕あるなら、練習!」


付き合ってあげるからさ、怖い顔やめてよ!言葉の後半は心の中で叫ぶだけだったけれど、多少膨れっ面になっていた剣城の表情が少しだけ呆けた。…そうして、ゆっくりと口元が緩んだ。「付き合って貰って良いですか?」「ん、もちろん!」笑顔とグッドサインを返すと剣城がグッドサインを返してくれた。ついでにベンチに置いていたジャージの上着を指差してやる。「体冷やさないように、それ着てて!すぐ戻るから!ほら井吹行くよー!」担ぎ上げるのは流石に恥ずかしいだろうから、おぶってやることにする。私が普通の女の子みたいに非力だったら多分これは出来ない。井吹はでかいし。力があって良かったなあと、今更のように思うのだった。




ひみつとっくん!



(2013/12/10)