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「……この話を知る人間は世界中でも限られている」


私に背を向け窓の外を見つめる豪炎寺さんはそんな事を言い出した。一体何だと言うんでしょう。というかそもそもここってその、私みたいな一般ピーポーが普通に入れるような場所じゃないよね?(サインして貰ったわけだけど)場違いな雰囲気に気まずい気分な私をよそに、豪炎寺さんがくるりと振り向いた。


「苗字、お前が接触したのは"こいつ"か?」


差し出されたのは一枚の紙切れ。…ではなく写真らしい。受け取って写真の人物が視界に入ると同時、「あ、はいそうですこの人…?です」肯定の言葉と共に頷いていた。この顔色の悪さは間違いない。って待て、なんで豪炎寺さん分かったの!?


「黒岩監督から連絡があった」
「ああ…なんかすごく鋭そうですもんね」
「そんなことで良いのか?」
「豪炎寺さんのサインをゲット出来たのでもうなんでもいいです」
「……」


おお困り顔。対する私は自覚するレベルの満面の笑顔。流石イケメンは困った顔もイケメンですねと茶化しておくのは心の中だけにする。流石に引かれるレベルなら挽回も出来るだろうが、流石に憧れの人にドン引きされるのはショッキングなので自重。


「で、この写真の人ってなんなんですか?」
「それはだな、」
「宇宙の生き残りを掛けた戦いだとか私がその代表だとか言われたんですけど!」
「よし苗字、俺にゆっくり説明させてくれないか」
「あと!ファイアードラゴンの控え室!緑色の液体みたいなスライムみたいな!?」
「いいか、落ち着いてよく聞」
「グランドセレスタギャラクシーってなんですか!?なんなんですか!?」
「落ち着け!」
「いだっ!?」


ばしん!と頭をはたかれマシンガン調になっていた口調が止まる。痛みを訴えると同時に上に引っ張られるそんな嫌な浮遊感。今にも豪炎寺さんの襟首を掴みそうになっていた私の腕が宙にぶらぶらと浮いた。掴まれているのは制服の襟首。後ろにはなんとなく、安心する雰囲気の人の気配。多分声からしてこの人は多分、


「……な、なんで明王のお兄様がこちらに?」
「なーんでだろうなァ?」


あっこれ悪い笑顔……


**


その後(強制的に)落ち着かせられた私は豪炎寺さんの話を黙って聞いた。というか、黙って聞かざるを得なかった。質問は最後にと後ろのヤンキーというか不良というか悪役顔の明王兄さんに口元を塞がr「おい、今失礼な事考えただろ」「かっ、考えてないっす!滅相もないっす!ちょっと明王のお兄さんのお口にトマト突っ込んでやろうとか思っただけで!」「…考えてんじゃねえか」「やめてもう私のライフは0よ!」「…お前たち、特に苗字は不動とじゃれないで真面目に聞いてくれないか」「聞いてますよ!豪炎寺さんの言葉を拾い逃すことなんてありませんよ!」そんな勿体無いことしません!と手をはいはいと上げてアピールすると再びげんこつが降ってきた。犯人は当然10年前はモヒカンスタイルだったという現もふもふヘアーなプロ選手である。


「名前、豪炎寺がドン引きしてんぞ」
「はっ…!」
「…今更か」
「じゃ、じゃあ苗字、俺が何を話していたか理解してくれたか?」
「あ、はい。多分大体のところは」


まず最初に聞かされたのは、あの顔色の悪い男のこと。彼は宇宙からの使者で、『ビットウェイ・オズロック』というらしい。要するにこの星の生物ではなく異星人なんだとか。ついこの間、一時的に月が観測出来なくなったのは彼が月を消してみせたからなのだとか。にわかには信じられないのだけれど、それよりもっと信じられないと豪炎寺さんが言うのは私に直接接触したこと。偶然という線もあるらしいけど、まあそんなに気にならない。そんなことよりこの世界大会の真実だ。


「――宇宙一を決める大会、かあ…」


わくわくすればいいのか、しょげればいいのか。私の夢は世界中から選ばれた精鋭と戦ってみることで、でも現在参加しているのはもっと規模の大きい宇宙大会で、でも私は"同族"と競いたいのであって。どちらかに傾かないからもやもやする。「…落ち込むなって。世界大会のチャンスが残ってたって考えろよ」ぼすぼす、と頭に手のひらが触れた。「明王の兄さんが優しいなんて明日は雷でも降るんじゃないかと心配になるね」「お前喧嘩売ってんのか?」「冗談だって!ひっひっひ、すぐ本気にするんだからもう」「…だからお前豪炎寺の前でそのテンションは…」「はっ!」――呆れたような二人の目の前で、それでも明るく振舞ってしまうのは最早癖としか言い様がないけれど。


「そういえば豪炎寺さん、私がその、大会の本戦に登録されてるってのまだ説明聞いてないんですけど」
「それは俺の知るところではないな。黒岩監督に聞いてみたらどうだ」


豪炎寺さんの言葉に頷くと、さて行くかと声が上から降ってきた。「今なら送ってやるけど、どうする?」これは明王の兄さんなりの気遣いなんだろう。本当に雷が振りそうで怖いなんて冗談はともかく、兄さんも忙しいだろうしあまり気を使わせるのもなあと思って首を振った。「いいよ、適当に走ったり歩いたりして帰るよ」



真実を知ってしまったその後は



(2013/11/19)