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結論から言おう。―――イナズマジャパンは、初戦を勝利で飾った。

廊下を歩きながら後半を思い出す。……辛くも勝利、と言ったところだろう。危うい場面がいくつもあった。例の財布の件は真名部がまあジャージのポケットに入れっぱなしだったというオチだった。当然瞬木にはきちんと謝っていたからまあ許そう。鉄角と私の目線に耐え切れなかったらしい。

試合中に感動したのは天馬君だ。本当に、前々から思っていたけど……どんどん彼の背中は大きくなっているような気がする。きっと休憩時間に天馬君君と瞬木は何か話したんじゃないかなあと推測。うんうん、青春でいいじゃないか。チーム内の友情度もまあ、目も当てられないほどじゃなくなったのだからこれは小さくとも大きな変化と言えよう。ちなみに韓国が代表と言うには油断し過ぎていたんじゃないかと思、


「苗字先輩、剣城君の最後のシュート…かっこよかったですね?」
「ひっ!?いや、うん!?えええ!?」

「あ…混乱した」
「おおお…!名前にこんな顔をさせるたァ…!剣城侮れねえぜ」
「いつの間にそこに!?」
「よー、危ない試合だったな!」
「写真…いっぱい」


いきなり耳元に吐息を吹きかけてきた犯人は葵ちゃんでした。い、いつからそんな小悪魔テクを身につけちゃったのマイエンジェル…!?というかいつの間に背後に!混乱していると、葵ちゃんの後ろから茜ちゃんと水鳥が。ああなるほどと納得した。真犯人は茜ちゃんですね本当にありがとうございました。で、ええと、剣城?……………恥ずかしいよ言わせんな!


「まーたまた!惚れ直したって素直に言えよ」
「惚れ直っ…!?」
「お、珍しい光景だな。茜ー」
「もちろん…」


かしゃり、と響くカメラのシャッターが恨めしい。ええ格好良かったですデビルバースト!それが何か!あ、勿論天馬君とか瞬木も格好良かったからね本当にね!?「まあまあ照れるなよ」「照れてない!照れてないから!」「なんだか名前ちゃん、女の子っぽくなったねえ」「あ、それ分かります」「女の子っ…!?」


**


息も絶え絶えになんとか三人から逃げ出した私は本来の目的を果たすべく、スタジアム内に用意された控え室の目の前で足を止めた。正直先程のやり取りでかなり疲れてしまったのだけど、(…主に精神的に?)好奇心には抗えない。

『すみません、少し聞きたいことがあるんですけど…』少し不安気な声で、なるべく淑やかに。これで、韓国の控え室を覗くつもりだ。――あの日本人には見えなかった彼の言っている事がどうしても気になる。宇宙の命運、そんなこと私達には聞かされていない。知っているのなら韓国側の人に教えて欲しかった。話が一番通じそうなのは監督さんだ。アフロディさんは彼を知り合いだと言っていたのだから、なんとか、


「っ、てうわああ!?………あ?」


迷っているうちに動かしていた体がセンサーに触れたと気がつくまでそう時間はかからなかった。そういえば、ジャパン側の控え室のドアも一定の距離で反応する自動ドアだった。思わず混乱したものの頭が混乱を収めぬうちに目の中に飛び込んできた光景。





「…………なに、これ」



異様、と言うに相応しい光景だった。至るところにユニフォームが散乱している。靴下やシューズも同様だ。韓国のキャプテンが着けていたであろう眼鏡まで床に落ちているし、タオルなんてソファーに掛けられたままだ。全て脱ぎ散らかされているのはきっと全員分で、更衣室は別にきちんと用意されているはずなのに、控え室に散乱する衣服。

このまま覗き込んでいては、通りかかった人が怪しむだろうと部屋の中に恐る恐る足を踏み入れた。この異様な光景はあまり目に良いものじゃない。全員揃ってユニフォーム類を脱ぎ捨てて帰った、なんてそんなの有り得ないからだ。メディアに事件として取り上げられてもおかしくないほどの光景だった。嫌なものを感じながらぐるりと部屋を見渡す。―――目に入ったのは、緑色。

息を呑んだ。ゆっくり、ゆっくりと近寄っていく。遠目からでも毒々しいその色は窓からの光に当てられて、てらてらと光っていた。びちょり、と表現すればいいのだろうか。ユニフォームとシューズを微かに浸す、それは明らかにスライムだった。見渡すとところどころに緑色の痕跡がある。



「……溶け、ちゃった?」


最初に浮かんだのはこれだった。もうその考えが正解にしか思えなくなった。――負けたら、溶ける?そんな事ない、きっと、そんな事はとなんとか呼吸を整える。まずいものを見てしまった、取り返しのつかないことになってしまいそうな予感があった。不安で不安でたまらない。

走り出すような事はしなかった。…出来なかった、の方が正解に近い。足が震えて動かすので精一杯だった私はゆっくりと韓国の控え室を出て、周囲を見渡した。誰もいない、……そのはずなのに誰かに小さく嘲笑われたような気がした。ぞくりと立った鳥肌を誤魔化すようにこそこそと控え室から私は逃げた。



好奇心は余計なものを見せた

(あれ、名前さん?どこ行ってたんですか)
(っ、剣城…かあ。なんでもないよ、今日はその、お疲れ)

(2013/10/24)

きちんと剣城前提連載という部分をアピールしていく感じで。
でもオズさんルートは作る。これもう決意なので多分歪みません
例えオズロックさんが何者であろうと作りますきっと…!