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スタジアムの入口に飛び込んだ瞬間、ホイッスルが鳴り響くのが聞こえた。――どっち!?韓国側を見る。…キーパーは仁王立ちをしたままだ。じゃあ…!イナズマジャパンのゴールを振り返ると井吹が地面に倒れていた。転がるボールとゴール前で立ち尽くす神童。前半はたった今終了したと実況の声が流れているのに、私の耳はその音声を拾わない。お金で雇われているメンバーに、……相手側のチームへの疑惑。


「苗字先輩!」
「…葵ちゃん」
「どこ行ってたんですか!?心配してたんですよ!」
「ご、ごめんね、本当」


普段なら喜び溢れて飛びつきキスでもしてしまいそうな言葉にとりあえず全部後回しにしようという結論に至る。後回しにするのは――監督に、知っているか否か問うことだ。「とりあえず休憩ですよ!ドリンク配るの手伝ってくださいね」「も、もちろん!さあ早くやろう!みんな疲れてるよね」「…先輩?なんだか…」「なんでもないなんでもないー!」笑顔を作って葵ちゃんを振り返ると少し困ったような笑顔が返ってきた。「なんでもないなら良いんですけど」

葵ちゃんも鋭いなあと思いながら、葵ちゃんが少し重そうにして運んできたドリンクのカゴを素早く私の持っていたタオルのカゴと取り替え、ドリンクを配っていこうと思い立ち、ベンチへと顔を出す。……わお、一番隅から配って行こうと思ったら一番隅井吹じゃんか…!気まずいわ畜生!特訓の成果なんて無かったんだけどって顔でこっち睨んで来てるんだけど!ええい、女は度胸だぜ腹くくれ私。普段の調子で行けば問題無い!


「お、お疲れ井吹!ほら葵ちゃん特製ドリンクだ飲めよ」
「……アンタが作ったんじゃないのか」


あ、突っ込むのそこなの?でも葵ちゃんのドリンク美味しいよ?と言わずとも井吹は普通に受け取った。うむよろしい。…にしてもおかしいなあ、韓国代表の、って公開されてたデータと合わせて井吹にキーパーの練習メニューを組んだのに、井吹はゴール前で倒れていた。つまり、吹き飛ばされたということ。練習じゃあ最後の方にはパンチングで弾けていたんだけどなあ…………「おい名前?」「先輩には敬語を使いなさい」やっぱり、"中身"が違うんだろうか?今対戦している相手は韓国代表ではなくて、韓国のチームに擬態した宇宙人だとしたら…いやでもまさか、本当にそんな…


「苗字さん、僕らにもドリンクを配ってくれませんかね」
「あっごめん!すぐ配る待っててー!」


真名部が手を差し出しているのを見て飛び上がる。ごめんごめん、と言いながらドリンクを差し出すと満足げな顔になったので良し。剣城と神童だけはみんなから少し離れていて、私はそっちに駆け寄っていった。前半の事と、…ともかく色々と聞かなければ。


**


「………なんとも言えない、なあ」


苦笑いでそう言うしか無かった。瞬木君は取り敢えずはと和解(と言えるんだろうか)して協力すると申し出たそうだ。そして彼は初心者ながらにその俊敏さを駆使してゴールに何度も迫った。その様子を見ていたイナズマジャパンのメンバー達も彼に触発されたのか、動くようになったのだという。だが、先程の騒動を引きずっているのか、瞬木にパスが通らない。結果、隙を突かれて井吹が守れず先制点は奪われた。

ベンチの周辺に目を戻す。休憩を取るメンバー達の中に瞬木と天馬君の姿が無かった。二人してどこに行ってしまったのやら。「…名前さん、何故一瞬目を輝かせたんですか」「…ノーコメントで」ごめん今考えることじゃなかった。いつもの癖だからこれはしょうがない。本当こんなんでごめんね剣城。

とにかく!だ。「財布のことだとか瞬木のことだとかは、天馬君に任せれば良いと思うな」そう言うと神童は眉間に皺を寄せた。剣城も訝しげな顔だ。「何故だ?」「んー、だって天馬君さ、"キャプテン"だし」決して瞬木君に少し苦手意識を抱いているわけじゃないよ!…いや、本当に。私が物事をあまり深く考えない性格だからかもしれない。瞬木君は底知れないから少し怖いのである。

なんとかしないとね、と言うと納得していない顔の神童。「お前…傷ついていたんじゃないのか?」「お金で雇われてたってやつ?…思い返させないでよ」ショック受けずに何を受けろと言うのか神童は。いや、でも、……うん、あの変な人(人、なのかな?)のせいでそれはもやもやとしたわだかまりとしてだけ残っている。


「とりあえず、勝つことだけ考えなきゃ」
「勝つことを考えるんなら名前、お前がフィールドに出…」
「……選ばれてないんだよ、私は」


神童の口を塞ぐとまた苦い顔をされた。試合終わるまでに胃薬用意しておこう。神童はいつか胃を壊しそうで心配だ。



ハーフタイム

(ほら、後半始まるよ)

(2013/09/27)

剣城が空気()