10


雄太と瞬を家まで送り届けたその日の夜。


「苗字さん、だっけ」
「おー瞬木君。どし…ああああ!」


合宿所の廊下で声を掛けてきた瞬木に至って普通にどうしたの?と聞こうとしていた私は頭を抱えた。そうだ、結局謝りそびれてたんだ!?


**


「あ、いや、その、昼間君の弟二人をカゴに載せてたのは二人の要望というかおばちゃんのけしかけというか!不本意というか危険な目にあわせちゃって本当に申し訳なかっ、」
「いやそうじゃなくて。雄太と瞬を家まで送り届けてくれたんでしょ?助かったよ」


まさかの感謝の言葉を貰ってしまった。――なのに何故だろう、どうしてだか瞬木君の言葉から少しだけ嫌な刺のようなものものを感じてしまう。違和感はたった一瞬だったけれど、それでもなんだか脳裏にその予感が留まり続けた。や、悪いヤツではない……と思っているのだけれど。「いやいやそんな、気にしないで。家って言っても、近所の公園までだし」二人がそこで良いと言い張って聞かなかったので、素直にそれに従ったのだ。幼い子二人なのだから危ないし、押し切ろうかとも思ったがその時に限って『おせっかい』という単語が思い浮かんだものだから自重した。

「公園?そうなの?」「…う、うん…?」「なんだ、そっか」言っている意味が分かりかねて、とりあえずはと笑顔を作ると瞬木君から発せられていた嫌なものが一瞬で霧散して、瞬木君も笑顔を返してきた。あれ?なんで嫌な予感なんて感じちゃったんだろう、なんて思うぐらいの爽やかな笑顔。しかし、違和感は拭えない。


「やー、しかしさ、瞬木君って弟二人から愛されてるんだねえ。びっくりした」
「俺は雄太と瞬が苗字さんの事名前で呼ぶぐらいに懐いちゃってる事にびっくりだったんだけど」
「あんまり瞬木君以外に懐かない感じ?」
「基本的にはそうかもしれないな」


曖昧だ。しかし、深くは追求しない。―――まだ踏み込むべきタイミングではないと、なんとなく察してしまう。見た目は純粋なスポーツ少年だけれど、瞬木君には測れない部分が多々ある気がした。こういったタイプは少し苦手なのだ。考え事を巡らすなんて、私としては性に合わない部分が多い。突っ走るタイプなのを自覚しているからか。いや瞬木君のルックスは最高だと思いますよ?でもなんというか、……間合いを測りにくいのは苦手だ。

――先程の嫌な感じも、私が不用意な彼の"地雷"に踏み込みかけていたから…だとしたら?

正直に言おう。マネージャーのせいでチームの雰囲気崩壊なんて事には絶対に!したくないのだ。ただでさえ剣城、天馬君、神童以外は全員サッカー初心者。だというのにチームの雰囲気まで悪くなってしまっては最悪としか言い様がない。せめて馴染むまでは、波風立てず必死に大人しくしているのが一番だろう。――昨日倉間にメールで、『落ち着くまでは状況を引っ掻き回すような行動を慎め』と母親かと突っ込みたくなる言葉を貰った影響も大きい。倉間ありがとう、私なるべく大人しくしてるように頑張る!――理性が保つ限りだけど!

とりあえずはこの状況を切り抜けねばなるまい。「またt「あいつらがあんなに楽しそうに、乗せて貰ったとか笑顔見せるから俺もすっごく嬉しかったよ」…へ、そうなの?」――考え事をしている間、瞬木君は雄太と瞬について語ってくれていたらしかった。笑顔という単語に思わず反応して、思わず嬉しくなって言葉を返してしまうと瞬木君はにこりと微笑む。「苗字さんは凄いね、……俺、あなたのことを少し誤解してたかもしれない」後半の言葉は少し聞きとり難かったけれど、なんとか聞き取れたその言葉にやっぱり、瞬木君は一筋縄では行かないなあと、笑顔の下でそんな事を考えた。当然、嫌いではない。仲良くなるハードルがメンバーの中で、黒岩監督やみのりちゃんの次に難しそうだ。


「そういえば苗字さんってさ、俺と同い年だよね?」
「うん、そうだけど…?」
「井吹がこの間名前で呼び捨てしてたけど、あれは?」
「お願い聞かないでくださいすいませんノーコメントで」


どうしてそこを突っ込んできたの瞬木君!?「そもそも、井吹は最初から呼び捨てなのに俺は"君"付けるんだ」「やー、なんか井吹はほら、神童の事も最初から呼び捨てしてたし」瞬木君に"君"を付けるのは天馬君を天馬君と呼ぶのと同義だ。…なんだろう、後輩っぽく感じられるから?瞬木君はなんとなく、認識が年下だ。


「じゃあさ、俺も苗字の事呼び捨てにさせてよ」
「答えを聞く前に呼び捨てるのね…」
「堅いこと言うなって!俺の事も瞬木で良いから!」
「……お、おう、分かったよ瞬木……」


駄目だ、もう諦めよう。「じゃあほら苗字、夕飯の時間だ」食堂に行こう、と先導してくる瞬木に苦笑いして付いて行く。読めない箇所が多々あれど瞬木と仲良くなれるのは純粋に嬉しいのだが、どうしても剣城の事を気にしてしまうのは何故だろう。…他の誰かから呼ばれる私の名前と、剣城から呼ばれる私の名前はどうにも違うのだ。何かが。



彼女は無知だと男は笑う

(FFI開幕まで、もうすぐだ)

(2013/08/07)

瞬木は自分の家を見られたと思って、警戒したのが夢主に"嫌な感じ"として伝わった。多分瞬木君は、自分の家庭に他人が口出しするのとか、めちゃくちゃ嫌がりそう。恥ずかしいと思っているわけじゃないけど、あまり人に晒したくないとか、やたらそういう感情が強いんじゃないかと思ってる。ちなみに夢主に対しては初対面のインパクトから現在は興味本位のみ。