09


「へえ、雄太と瞬ねー……よし覚えた!」
「ほんとに?名前って人の名前覚えるの苦手そう」
「失礼な事を言うな!あと呼び捨てしない。私はあなたたちのお兄さんより年上ですよ?」


投げるぞ、と冗談半分で呟いてみると見事に重なった声で、「「ごめんなさい名前ねーちゃん」」と返ってきた。正直に言おう。……萌えた。不覚にも、どきりとしてしまった。「ね、ねーちゃん…?」「だって隼人にーちゃんが隼人にーちゃんなんだから、名前は名前ねーちゃんで良いだろ?」だめ?とか目をうるうるさせて覗き込まないで頂きたい。勿論許しますとも!むしろ是非そう呼んで欲しいな!そうしたら、お姉さんとっても嬉しい!「もう二人は私の心の弟な」「えっやだよ、俺達のにーちゃんは隼人にーちゃんだけだよ」「そうだよ、何言ってんだよ名前」おいさっきのねーちゃん呼びはどうした。地味に引くんじゃない。でも、瞬木君ってば慕われてんだな、羨ましい。


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「隼人にーちゃーん!」


グラウンドに到着するなり、雄太が率先して手を振りながら瞬木君に向かって大声で声を張り上げた。――普段なら、それをにこやかに見守りつつ瞬木君のところに二人を案内するべきだろう。しかし、グラウンドの隅。丁度動かずに見渡せる場所で、天馬君と剣城がボールを奪い合っている様子に目を奪われてしまったのだ。その姿は活き活きとして楽しそうで―――サッカーをしたいという欲が普段なら湧き上がる場面のそこで、私は思わず大声で剣城の名前を呼びたくなっていた。「ねえねえ!」「……つる、」思わず口から漏れかけた言葉にはっと我に返る。

天馬君だって大事な後輩なのに、やっぱり剣城はどうしたって特別らしい。頬に微かな熱を感じていると、とんとん、と小さな手が両サイドから私の肩を叩いていた。「名前ねーちゃん、降ろしてよってば!」「あ、ごめんごめん!」ゆっくりと降ろすと、瞬木君がこちらまで駆けつけようとしていたので手を振って制す。こちらに気がついた剣城と天馬君が動きを止めてしまったので、少し残念に思ってしまう。


「雄太、瞬!」
「「にーちゃーん!」」


グラウンドに駆け込んでいった二人をぼんやりと見つめていると、瞬木君がお兄ちゃんの顔をしていた。兄弟がいない(従兄弟ならいるが)のでその光景を少しばかり羨ましく感じる。……そういえばあいつは私より年下のくせに、私より身長高くて子供扱いしてくるからな…!最近会っていない従兄弟の顔を思い浮かべて複雑な気分になっていると、芝を踏みつけこちらへ向かっている足音が聞こえたので顔を上げる。


「名前さん、お疲れ様です」
「おー、剣城も練習お疲れ」
「あいつらは?」
「瞬木君の弟。おばちゃんに案内頼まれたの」


静かで落ち着いた剣城の声は、普段聞くよりも何故だか、安心感に満ちているように思えた。「韓国戦はどんな感じになりそう?」「相手のFWが、瞬足で有名らしいです」「へー、スピード重視なんだ」私の分も頑張ってよ、と剣城の肩に手をのせる。少しだけ、動作を躊躇ってしまったのは彼を見つめてしまっていたのを覚えていて、私に羞恥心が湧いたからだろうか。

なんだか剣城にずっと触れているのが怖くなって、そろそろと…ゆっくりと、手を離した。なんだろう、今すぐこの場から走り去ってしまいたい気分だ。思いっきり走れば多分、頬の熱ぐらい冷めると思うんだけどな!「それじゃあ剣城、」私宿舎に戻るから、と告げようとした声は出ることがなかった。遮ったのは目の前に差し出されたサッカーボールで、それを突き出したのは剣城。


「……名前さん」
「な、なに?」
「今俺達、休憩時間なんです。―――俺と一勝負、しません?」


見れば天馬君は、瞬木君と弟君達の会話に混じっていた。「私で大丈夫?」剣城と言えど手加減しないよ!と宣言した私は、もう普段の私。「ええ、勿論」負けませんよ、と不敵な笑顔を見せる剣城がグラウンドに向かってボールを蹴り上げた。足を迷わず踏み込んでグラウンドに走り出す。隣に並走する剣城の感覚。


――結局、足がボールに触れる前に練習再開のホイッスルが鳴り響いたところで私達の勝負は幕を下ろした。



ボールに触れさせてくれませんか

(結局その後は、雄太と瞬を家まで送り届けた)

(2013/08/03)