08


「アジア予選第一回の相手は、韓国代表のファイアードラゴンかあ」


倉庫の壁に貼られたトーナメント表を見ながら大量のボールが詰まったカゴを二つ抱え上げた。「あー、バランス悪いなー…」バランス以前に扉が狭すぎて出られないのだが、その事実は頭の片隅に追いやられてしまっている。「よーっしゃ、さっさと運ばないとなー」

今頃みんなはグラウンドで、対韓国戦に向けて練習をしているのだろう。「そういやアフロディさんって元韓国代表だったっけ」ちらりとそんな事をこの間木戸川に遊びにいったときに聞いた気がする。確か、今の韓国代表のチームの監督も10年前に選手だったとかなんとか聞いたような……「まあいいや、どーせ出られないんだろうしねー」もう半分諦めている世界大会への出場権。ならば、全力でサポートするだけだ。


『お前が戦力としては申し分無い事を認めよう』


つい数時間前、黒岩監督直々に釘を刺された事を思い出す。え、と小さな自分でも驚くほど動揺している声が自分のものだと認識するのに時間を少しばかり必要とした。じゃあどうしてですか、と問いかけると監督は私に背を向けた。そうして言い放ったのだ。『お前は本当の緊急時にしか使わない』と。

要するにジョーカーみたいな立ち位置なんですか、10年前の不動の兄さんみたいなポジションなんですかと問いかけようとしたところ、言葉を遮ぎられ監督に『意味は分かるな』と何故か諭された。普段めったに回転させない頭を必死に回転させて導き出した結論は、私がチームに組み込まれることで全員の成長の"妨害"になり得る可能性があるなあということだった。

神童と剣城と天馬君以外は全員サッカー初心者。チームワークすら危うく、これから練習を積むといったメンバーの中に私が加わったらどうなるだろうか?「向上心を摘み取りかねないよなあ…」でしゃばり過ぎる自分の性格は、自分が一番よく知っている。監督が認めた人たちなんだから私以上に才能があるんだろうし、その才能を伸ばすのを手伝うことはせど邪魔するのは非常によくない。


「でもさー、でもさあ……分かってるけど、これは……生殺し過ぎる、って」


出られるかもしれない、という餌を目の前で吊り下げられて、サポートに徹するなんて正直辛いものがある。そりゃあマネージャーとしてサッカーに関われているのは嬉しい、けれど……「っあああああ!日本代表になりたかった!」本音、これが全部。マネージャーじゃなくて代表になりたかった!今の代表メンバーが嫌いなわけじゃないけど!


「せめてベンチっていう可能性さえ残してくれてれば……」


補欠無し。11人だけ。必死に働いてアメリカに飛んで、受諾を得て挑んだら生殺し。「あ゛ー……つっらあ……」選ばれなかったときに飛び帰った自宅の部屋で、大泣きしたのだから涙は出ない。しかし涙は出ないがかなーりキツイ。もし私がチームを作って日本代表チームに挑んで、勝ったら代表の座を交代してもらうなんてことは…「できませんよねー」うん、知ってる。
さて、さっさとカゴを運んでしまおうか。「……あ、一個ずつ出さないと扉に引っかかって出れないじゃんこれ」


**


両手にカゴを乗せて倉庫から出てくると、「うわああああ!?」という失礼な声が周囲に響き渡った。よし誰だ、今の失礼な声を出したのは。おねえさん怒っちゃうぞー?


「おおっ苗字ちゃん!丁度良かったよ!」
「あれ、おばちゃ……蒲田さん?どうしたのその子ら」
「アタシから見たらアンタがどうしたって感じなんだけどねえ」


「あとおばちゃんでいーよ!」とからから笑う蒲田さんことおばちゃんの両サイドに見慣れないような、どこかで見たことのあるような感じのショt…少年が二人陣取っていた。驚きに染まった顔で私を見上げているので、「ああなるほど」と納得してしまう。まあ普通押して運ぶカゴを持ち上げて二個運んでて、更にそのカゴで顔が隠れてたらそりゃびびりますね!とりあえずカゴを地面に下ろすと、しょうn…ショタ二人の顔が少しほっとしたものに変わる。ふむ、なかなかに可愛らしいな。


「この子らはねえ、瞬木君の弟君さ」
「へえ、兄弟?どうりで見た事ある感じだと思った」
「な、なあおばちゃん……このねーちゃん何?綺麗なバケモノ?」
「投げるぞ少年」
「ひいっ!?」


取り消しますわ。初対面の相手にバケモノとはなんだ!失礼な発言をかましたツンツンヘアの方の少年に笑顔を向けると「ひっ」と小さな声が聞こえた。綺麗は素直に嬉しいけど、綺麗なバケモノってなんだ!バケモノって!最近のショタってこんなに口悪いの?お姉さん傷つきますわあ……流石に投げるのは冗談だけどね。次言ったら覚悟するんだな少年よ。一応これでも恋愛対象に見てくれる猛者がいるんだぜ?


「で、なに?君らお兄ちゃんに会いに来たの?」
「そうだよ。隼人にーちゃんってどこで練習してるのかな、って」
「アタシが連れて行こうかと思ってたんだけどねえ、仕込みがあるし丁度良かった」


にこにこと蒲田のおばちゃんは笑う。ふむ、これはアレですか?


「苗字ちゃん、そのカゴ運ぶついでにこの二人も案内してやってくれないかい?」


どうせならそれに乗せてやんな、とまだ余裕のあるカゴを指差された。普通は危険だからやらせないんじゃないかと思ったが、「アンタの力なら余裕だろう?」あ、はい。余裕ですけどいいんですかそれで。「まじで!?乗りたい乗りたい!」「すっげー!バケモノとか言ってごめんなねーちゃん!」若干引き気味の私を他所に、何故か盛り上がる瞬木弟二名と、「そんじゃあよろしく!」と手を振って宿舎に戻っていく蒲田のおばちゃん。


―――残されたのは、瞬木弟二名と私である。


「………落ちそうになったら受け止めてやるから、安心して乗りな」
「「やったー!」」


くい、と親指でボールの詰まったカゴを指差すと、何故か両手を上げて喜ばれた。瞬木君に怒られないといいんだけどなあ……私だったら兄弟をそんな危険な目に合わせたくないぞ。いや落とすか落とさないかで言われたら絶対落とさないんだけどね。



ショタと葛藤


(2013/07/03)