07


罪悪感やらなにやらに苛まれたわけだが、一つ確信したことがある。


「いいか、とりあえず大人しく寝てろ」
「…マジでわりい。ありがと、香田」
「は!?キメエんだけど!マジでお前変だぞ!?……ったく、調子狂う…」


――香田君良い人過ぎて辛い!

樹は多分こんな風に言わないのだろうと分かっていても、お礼を言わずにはいられなかった。そうしたらほら、気持ち悪いなんて言いつつも頭を掻いて照れている。正直とても可愛らしいと思ってしまって、…これ樹に話したらなんて言われるんだろう……


「おい樹、センコー居ねえけど大丈夫か」
「そこまでガキ扱いすんなよ。…お前こそ今日は変だぞ」
「分かってるっての。あー、なーんで俺様が樹にこんなにしてやってんだ…」


なんというか、樹と香田君の関係は……いやあまり考えないようにしよう。香田君に招かれるままに保健室の隅の一角に足を運ぶと、香田君がカーテンをほらよ、と引いてくれた。悪いな、とだけ返して大人しくベッドに潜り込んだ。


「それじゃ四季呼んでくっから、待ってろ」
「マジでありがとな」
「……飯奢って貰うし」


からからから、と保健室の引き戸が開いて閉じる音がした。その時にカーテンの隙間からちらりと見えてしまった照れくさそうな顔に胸がきゅーんとしてしまう。これが流行りのツンデレってやつか…!賢吾君に感謝してもいいかもしれない。というか、樹の事を香田君は結構好きなんだなあ。男の子の友情というのは割と分からないものである。


「じゃあ、……ちょっと寝よう、かなあ」


なんだか自分の体温で、ぽかぽかと温まってきた布団にくるまれていると眠気がぼんやりと頭を支配し始めた。そういえば、昨日の夜は緊張で眠れなかったんだよなあ…賢吾君が来るまで寝てやろーっと。


***


「……っ、あー……頭痛ってえ……」
「なんや八乙女、実は飲んどったん?」
「飲んでねえよ!お前らのせいだろうが!……ってオイ20歳児はどこ行った」
「三村クンならさっき窓の外飛んでたクリスティーヌ追いかけて行ってもうたで」
「あああああああああの20歳児は!」


頭を抱えると指先が意図せずたんこぶに触れる。「っつ!」反射的に隣の菅井を睨むがどこ服風で窓の外なんか見てやがる。保健室はもうすぐそこだ。

三村が持ってきたテキーラを飲み始め、菅井が悪ノリをし、俺は飲酒の誘惑にひたすら耐えさせられたのが昨日。その時三村が酔っ払い、俺に衝突してきて俺は壁に後頭部を打ち付けた。それが今日になって晴れ上がって痛むもんだからこうして保健室に向かっている。菅井は付き添い…というか多分こいつの目的は寝ることだ。俺はもう知らねえ。

この時間なら保健室には誰もいないはずだった。無言で扉を開けると俺の横を通り過ぎて菅井が予想通りに真っ直ぐベッドに向かっていく。「やー、実は若干まだ効いてるんや。適当に寝てるから後頼むわ」「好きにしろよ」そりゃ未成年がテキーラなんて次の日に響くに決まっているだろう。…こいつが二日酔いを表に出すなんて珍しい。


「っと、先客がおるやん」
「…あ?」


氷を入れるビニール袋を探そうと、棚を見上げた時だった。菅井が酷く残念そうな声を出した。近寄ってみると、確かにベッドの傍には揃えてある上履きが置いてあって、布団は確かに膨らんでいた。カーテンが開いていたからてっきり誰もいないのかと思えば…「っておい、樹じゃねえか」「マジ?」丁度ちらりと見えた眠っている奴の顔は、お節介な友人の顔。


「珍しいな、樹が保健室とか」
「……こいつそういえば、さっき様子おかしかった気がしねえか」
「気のせいやろ。んなことないと思うけどなあ」
「………」
「ま、寝かせとってやればいいんちゃう?


―――病気じゃねえといいけど。

自分より身長が低いくせに、俺の世話をやけに焼きたがる樹は大事なダチだ。「…おい、センコー呼んでやろうか」この時間になったらセンコー共は全員会議だって知ってんだろうに。樹のお節介が乗り移ったような気分になりながら、既に眠る樹に興味を失った菅井に気がつかずに樹の肩を掴んで―――「っ、?」……折れ、る?

こいつ、こんなに細かったか?いや違う、普段どつきあってる樹は結構小柄な割にがっしりとした体型をしている。何か、やべえ病気…とかじゃねえよな?不安になって力を込めずに掴んで揺らしてやる。「おい、樹」「…ん?けん、ご?」――漏れた寝言は、樹のものだ。「いや、俺は四季じゃねえけど…」「けんご、…ゆる、さん」おいなんか今寝てるはずの樹の口から殺気のようなものが漏れた気がすんぞ四季何をした。




(2013/01/25)

菅井の偽物臭が恐ろしいですが…目をつぶって頂ければ。