03


演奏については何も問題が無い。…と、思う。ピアノはそれなりにやっているし、弾いたことのある曲だから躊躇う箇所はない。ただ、問題が一つ。


「なあ宍戸、こっちスク水に見えね?」
「……見える。御空お前やっぱ天才だわ」


―――音楽室で一緒に練習しているトランペットパートである。

ダッ…空気人形を抱えて譜面をじっと見つめていたかと思えばそんな事を言い出す御空君と、真面目にやっているかと思えば御空君とふざけている宍戸君。トランペットがこんなので大丈夫なのか…そんな騒ぎの横でもくもくとピアノを弾く、そんな度胸はチキンにはありません。というわけでコマンド選択は"逃げる"だ!

こそこそとピアノから譜面を回収し、こっそりと音楽室を抜け出す。扉が開いていたからなるべく自然に抜け出すと宍戸君も御空君も気にした様子は無かった。一安心である。むしろ私より譜面見つめるのに忙しそうだったから良し。初日である今日はそういえば、パーカス担当はライブがどうだのという事で居ないみたいだ。せめて良い人である事を願って今日は逃げさせて頂きます。本当にスク水とは一体…いや気にしない事にしよう。ところで賢悟君はどこだろう?探してみようか。


**


「……フラグだったか…!」


苗字名前、男子校にて迷いました。ここはどこ私は誰。…っとと危ない、今は私じゃなくて俺なんだ。そうだったそうだった。クラリネットの音を聞き取ろうと色んな箇所を歩いてみるけれど、ここがどこだか分かりません賢悟君。いや決して私は方向音痴ではないですよ!?…すみません嘘です、方向感覚危ういです。

しかーし!クラリネットの音は聞こえずともこの付近にはトロンボーンの音が響いている!要するに吹奏楽部である可能性が高ーい!そして私演じる樹は一時的加入だと先程紹介されたばかりだ!聞いても違和感なんてないと思うの。違和感さん仕事しないで、と祈ったところで音が一際強く聞こえる教室の目の前に辿りついた。ここかな?樹はノックなんてするようなタイプじゃないで私もがらりと遠慮無く扉に手をかけて、


「すいませーん、ちょっと教えて欲し………やっぱ良いです失礼しました」
「え、あ、苗字先輩、っ!?」


――ふむ、私より背の低い男の子がトロンボーンと格闘している現場を直視した気がしたけど気のせいかな!流石に7ポジに手が届かないってのもなー、いやいやいや……うん……というか彼私の苗字知ってたね、つまり樹の後輩か。後輩なら多分セーフ…そしてこの場合選択するセリフのチョイスはどうなるんだ。A,俺は何も見てないから気にすんな、B,頑張れ、頑張れば届く!、C,いきなり悪い、クラってどこで練習してる?……よしCだ!Cで行こうそうしよう!と、再び扉に手をかけたタイミングでがらりと教室の扉が開く。


「何逃げてんスか樹さん」


誰!?と叫ぼうとして踏みとどまって、思わず息を飲みそうになった。前髪にメッシュの入った、とても顔の整った男の子。これうちの学校に来たら女の子達に騒がれるなあ、なんて考えていると腕を掴まれて教室の中に引き入れられる。……そういえば樹が昨日言ってた気がするなあ…ぼんやりと昨晩の記憶を掘り起こすと、確かに樹は『ボーンには近づくな』と言っていた気がする。確かパーリーは由利君とか言ってたっけ。私も幼稚園の時に一緒のクラスで、よく樹が由利君をからかっていたのを覚えている。樹はそれなりにゲームに強かったからなあ…確か私の服を家から持ち出して、幼い由利君に女装させて写真撮ってたっけ。由利君のお母さんも楽しそうにしてたんだったよなーあの時……そういえばこの間樹があの写真どこ、って探してたっけ。――フラグ?


「は、離せ!俺は今から賢悟に大事な用事が!」
「俺が樹さんを逃がすとでも思いましたか?今由利さんに連絡しますんで」
「やめろまじで頼む!嫌な予感しかしない!」
「樹さん樹さーん、由利さん来るまで俺とカードしましょう!」
「太尊、カモられるぞ。……しかし今日はいつにも増して細いっスね樹さん。食ってます?」


余計なお世話だメッシュ君。ところで私を守ると宣言してくれた賢悟君をここに呼んでくれ、私今死亡フラグが乱立してますよ?



(2013/10/03)