この剣を捧げる


「ったく、無茶するよなあ」
「へへ、ごめんごめん。ラゼルと戦うのはやりがいがあって、つい」


へらへらと反省した様子を見せずに笑うナマエの顔に、ラゼルは思わず溜息を吐いた。鞄から取り出した魔法の聖水をナマエの頭上から振りかけてやると、ナマエの体を青色の粒子が優しく包み込み、そのままナマエの肌の上で溶ける。「ありがと、ラゼル」魔法力が多少なりとも回復したナマエに手を差し伸べてやれば、疲労の色が多少和らいだその目がラゼルの手を捉え、そっと、控えめに掴んだ。口調はまだまだ元気なナマエも、今日の戦闘訓練は流石に堪えたのだろう。立ち上がったナマエの服も、自分の服にも、戦闘の痕跡がありありと残っている。


「…お姫様のくせに、よくやるぜ」
「お姫様だけど、私は女子の首席ですよーだ」
「オレンカ王も嘆いてるんじゃないのか?一人娘がこんなお転婆で」
「まあお父様は確かにお淑やかにしてくれーって言うけどね」
「そりゃそうだろ、当たり前だ」
「でもいくら平和な時代で争いが無いからって、それこそ戦争みたいな大きな戦いはないけれど…町の中、国の中で起こる小さな喧嘩やいざこざまで完全になくなるわけじゃない」
「"だから後にこの国の王となる責任と共に、確かな強さも必要だ"…だろ?」
「よく分かってるじゃん、さっすがラゼル!」
「毎日力説されたらそりゃ覚えるって」


スティックを指先でくるくると回し、オレンカの王女はラゼルの小さな傷にホイミを唱えて癒していく。「完全に争いの無い世界なんて、きっと生ある者が存在しない世界だけだと思うの、私」「まあ、一理あるな」頷いたラゼルはナマエの服の裾を掴み、そこそこ高級品であろう衣服にかなりの傷をつけたことを、謝るべきかそうするべきでないか、一瞬だけ迷った。訓練と言えど、異性だと言えど、一対一の正々堂々とした勝負で手を抜くのは自分も納得出来ない上に、相手にも失礼だとラゼルは考えている。しかし近接戦闘を得意とする双剣のラゼルが遠距離での戦闘を得意とするスティックを扱うナマエと渡り合うには、ナマエの懐に飛び込み魔法が放たれる前に詠唱を止め、攻撃するしかない。当然のようにそれを警戒するナマエはラゼルを近寄らせないよう、マジカルボールを連発し視界を遮り呪文で攻撃してくる。

今日の二人の戦闘演習はオレンカの士官学校、その演習場を大きく沸かせた。教師達もまったくタイプの違う二人が戦うことにより、他の生徒も学ぶことが多かっただろうと観客席から二人を評した。戦闘訓練の終わった演習場の真ん中で、お互いを回復しあう二人のうち、注目を集めているのはラゼルだった。激しい戦いを制したその姿に、多くの生徒が惹きつけられている。ナマエもそのうちの一人だった。が、ナマエの立場はそれを許さない。


「あー…、悪い、服ぼろっぼろだ」
「ラゼルが手を抜かなかった証拠だよ。謝るぐらいなら私に、次は負けないって言わせてほしいな」
「おう、ならさ、俺が避ける体力なくなるぐらいまでずっと魔法が打てるようになれよ!」
「それ結構難しいよ!?ラゼルは体力ありあまってるじゃん!」
「お前だって魔力有り余らせてるだろ!」
「……まあ、今回は互角だったし」
「そうだっての、俺だって結構ぎりぎりだったしさあ…やっぱナマエ、お前すげえよ」
「ラゼルに褒められるの、悪い気しないや」
「お前だって俺のこと、褒めてもいいんだぞ」


嬉しそうに口元を緩め、ほら褒めろよと言わんばかりにラゼルが顔を近付けてくるものだから、ナマエは思わず目を見開いた。褒める、褒める?ラゼルを褒める…?「え、ええ?えーっと……ラゼルは手合わせするたびに強くなってて、動きも早くなって、剣の使い方もどんどん上手くなって…この学校を主席のまま卒業出来ちゃいそうだから、…きっとすごい騎士になるんだろうなって思うよ。ラゼルに忠誠を捧げてもらえる主人は何が起きても必ずラゼルにその平和を守ってもらえるんじゃないかなあって、今日の戦いで思った……んだけど」言葉を探したものの、結局出てきたのは褒めるというものとは少し違うような気がしてナマエは口籠った。特に恥ずかしいことを言ったつもりもないというのに、慣れない事を言ったせいでナマエの頬に熱が集まる。

予想外であったナマエの言葉に、今度はラゼルが目を見開く番だった。ナマエの中での自分の評価が、かなり高いものだということをラゼルはその時初めて知った。今こそこんな風に他愛ない会話を交わせるものの、立場の違いは永久に友であること、ライバルであることを許さないと思っていた。後に繋ぐための関係性を築くなら、今しかないのではないか。ライバルを辞め、友を辞めず、且つ、――この先の未来でラゼルがナマエと共にあるには、一つしかない。


「次は負けない、って言ったよな」
「…う、うん」
「俺、絶対にお前にだけは負けない。何があっても、絶対にだ」
「なっ、いきなり何よ。私だって総合主席で卒業したいと思って、」
「主君に負けるような騎士、お前いらないだろ?」
「……………えっ」


ナマエがスティックを取り落とした。ぽかんと口を開けたナマエの服はぼろぼろでも、肌には傷ひとつ付いていない。未来の主人を傷付けないよう、戦うってのも楽じゃないよなあとラゼルはナマエの頭に手を伸ばし、口元を緩ませた。柔らかな髪に触れる権利を、自分だけが持つことが出来るのであれば、ラゼルはナマエに全てを捧げても構わないと思うのだ。


20160601