きっともう一生捨てられない


・解放者→トビアス前提の解放者とイゾラ(偽物臭)
・よいこわるいこ の別視点みたいなもの


頼りないとは思っていない。実力は確か。最初こそ随分失礼な人だという印象を受けたけれど、それは自分の敬愛する人を思うが故の言葉、行動。つまり、彼は真っ直ぐなのだ。勤勉で、真面目な男の人。顔だって悪くない。教団に出入りする竜族の女の人達は、彼の炎のように燃える髪に触れ、あのたくましい体に抱かれたいと噂している。

私もその一人に違いないだろう。自覚したのはいつからか。トビアスが私の姿を見て顔をしかめていた時だって、確かに微かだけれど予兆はあった。剣呑な目つきが優しいものへ、変わった瞬間かもしれない。留めていたなにかを留められなくなり、種族の壁や出自の壁、彼の大切な人の存在を考え。それでも私はトビアスを好きだと思うようになった。彼が怪我をして帰ってこないように、祈りを捧げる日々を送るのは解放者としてどうなのだろう。

分からないけれどそれでも、定期報告のために教団に顔を出すトビアスが私の姿を見て、解放者様、と表情を和らげる瞬間がたまらなく好きだと思うのは…解放者としてではなく、盟友としてでもなく。一人の少女としてこの恋情は、許されると思い日々を過ごしている。…いつか。想いを告げる日はきっと来ないだろうけど、トビアスとの未来を思い描いたりすることはやはりあるもので、


「やはりキミはトビアスを好いているのか」
「…イゾラさん、人の日記を覗き込まないでください。そもそもどうしてここに」
「キミが宿に入っていくのが見えたから、どの部屋か女将に聞いた」
「竜族にはプライバシーってものが」
「解放者ならば尊重されるかもしれないが、一般にキミが解放者だということは知られていない。一応ノックはした、これでも」
「……何のご用ですか。ガメゴンならもうこりごりですよ」


ペンを置き、日記を閉じていつの間にか背後にやってきていたイゾラと向き合うためにナマエは緩やかに体を動かした。目元を隠したイゾラの口元が、ゆるやかに孤を描いて薄く開く。「ああ、大した用ではない。我らが解放者様が…トビアスの調査隊が戻ってきた時にだけ、随分機嫌が良くなることに気が付いたのでね。オレとしてはやめておいた方がいい、と」肩をすくめたイゾラの言葉に、ナマエは眉一つ動かさない。何故か。


「私も、本当にそう思います」
「自覚しているのに、やめられないと?」
「簡単に諦められるんなら、こんな風に文字にして紙に吐き出しません」
「あれだけ解放者様解放者様と崇められ、キミの役に立ちたいと言われているのに」
「自惚れは自分を殺します。私が解放者だとオルストフ様に認められなければ、今のトビアスの態度はない」
「キミは力を持っている」
「力に任せて手に入れて、…そうしたらきっと幸せになれない」


首を振ったナマエは再度机に向かい合う。ペンを取り、閉じていた日記を開き、『けれどもそれは叶わぬ願いだ』と文末を締め括り日付を書き込む。見られた気恥ずかしさと自分の感情を初めて書き出した爽快感。全部ごくりと喉を通って、胃袋の中へ吸い込んで。

今このときこの瞬間の感情を、すぐに捨て去ってしまえますように。小さく願を掛けたナマエは部屋の中を見渡した。アストルティアの宿屋ではどこの大陸でも、こんな部屋の造りはない。長兄の神、ナドラガの見守るこの世界に住む竜族にとっては――…


「イゾラさん、あなたたちにとってアストルティアの人間は下等種族、でしょう」
「オレはそう思ったことはないが」
「住む世界が違う。信じる神が違う。宗教の形が違う。時間の流れ方が違う。…なによりトビアスは、総主教様のために生きている、ように見えてしまう」
「全てを天秤に掛けたとき、選ばれる自信がないと」
「………端的に言えば、そういうこと」
「神官であるトビアスが一生、独り身でいる決意を固めている可能性もある」
「ああ…そっちもあるのかあ」
「オレのところに試練を受けに来たときは、あんなに威勢が良かったというのに」
「そりゃ、新しい力が手に入るってなったら気合い入るよ。やな試練だったけど」
「本人を目の前によく言うお方だ」
「イゾラさんにだけは言われたくない」


日記を閉じ、立ち上がったナマエは屑籠にそれを投げ入れた。心の中で一言一句、間違えず書き記した内容を暗唱できる確信を得たまま、無駄な抵抗と知りながら、ペンも一緒に屑籠へ。勿体ない、とイゾラが呟いた声がナマエには聞こえていたがナマエは聞こえなかったふりをした。解放者である前に盟友であるナマエは、囚われの勇者姫を、友人を助け出さなければならない。全てを天秤に掛けたとき、トビアスを迷わず選べない自分にトビアスを好きだという権利はあるのか。きっとないのだろうと自嘲したナマエはそっと、窓の方へ視線を移した。

――こんなところから、トビアスの姿が見えるわけでもないのにね。


2016.03.03

イゾラさんセリフ少なすぎます書かせろ