君がそれを愛と呼ぶなら


「おはよう、テリー」
「…もう朝かよ」
「あ、寝ぼけてる。前髪跳ねてるよ」
「お前だって、…珍しいな、お前の方が早起きなのは」
「だって今日、テリーの誕生日だもの!」


朝日に負けないぐらいに眩しい笑顔を見せたナマエは、ベッドに駆け寄るなりテリーの手を取り幸せそうに、心から幸せそうにおめでとう、と言葉を紡ぐ。今日はたくさん一緒にいようね、今日は美味しいものたくさん食べようね、お昼はみんなでパーティをしようね、夜は二人で静かに過ごそうね。ねえテリー、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。私、テリーと一緒にいられる一日一日が特別で、幸せで、




―――それはとても、都合の良い夢だった。

テリーが朝、目を開いた瞬間にまず目に入るのは眩しい朝日ではなく薄暗い天井だ。窓からの光はカーテンに遮られており、眩しいなんてとても思わない。当然エプロン姿で笑うナマエの姿は部屋のどこにもなく、優しい愛の言葉も耳元で囁かれることはない。手に触れる柔らかな温度の代わりに存在するのは、寝る時ですら手放せなくなった皮手袋だけ。

今だにこの浮遊感に慣れないテリーは頭を振って、こめかみを抑えた。夢で見たナマエの笑顔が脳裏に焼き付いて離れなくなって、心臓の音が部屋中に響いている錯覚を覚えた。…ナマエの顔を、目を、髪を、仕草を、温度を。遠くに感じるようになって、もう何日が経過したのか。テリーはそれを考えないようにしていただけに、夢に見たことがショックだった。諦めきれない夢を追うために、旅立つと決意したあの特別な朝の次の朝。何も言わずに旅支度を整えていたことに、恐らく気が付いていたであろうナマエ。


「おーい、テリー」
「…なんだ」
「起きたか?」
「とっくに起きてる」
「だろうな!やはり俺の完璧な推測は…」
「アクト、完璧ななんとやらを俺に聞かせる前にメーアを手伝いに行ってやれ」
「メーアは恐らく今頃マーニャを…確か昨日マーニャは夜遅くまでルイーダのところに…」


ぐっ俺の完璧な作戦が!と踵を返して走り出すアクトが、テリーには扉越しに見えた気がしていた。思わず緩んだ口元には気が付かないふりをして、手櫛で髪を整え、さっさと着替えを済ませてしまうことにする。…ブーツの裏地、皮手袋の修繕部分、鞄に付いた小さなお守り。毎朝の着替えで気が付いた、ナマエの小さな心遣いは、使っていてこそ分かるものだった。ぴったりのサイズに繕われたズボンもシャツも、あのまま暮らしていれば当たり前と受け止め気が付くのが遅くなっただろうとテリーは静かに考える。


「やだあマーニャちゃん今日は寝てるからアクト達だけで、」
「そんな事言わないでお願いだからマーニャ!」
「アリーナかゼシカだろう一緒にいたのは、」
「すみません昨日は私がつい…」
「クリフト!マーニャにお酒は禁止ってアタシ言ったわよね!?」
「ですが姫様が私のアピールに気が付いてくださらないので!」
「マーニャに泣きついたってアンタのささやかなアピールじゃ伝わらないわよ!」
「ゼシカさん!?」
「ゼシカそれは本当のこととはいえ言っちゃダメなやつよ!」
「メーアさんまで!」


「…いつもの事ながら、騒がしいわね?」
「そうだな」
「おはようございます、テリーさん」


部屋を出たテリーが今日最初に顔を合わせたのは、少し離れたマーニャの部屋で起こる騒ぎを遠巻きに見つめるビアンカとフローラの姿だった。…気まずさを覚えたのは、二人が人の表情の変化に鋭いからだろうとテリーは思う。事実顔を合わせた瞬間に挨拶の言葉を投げたフローラの表情が柔らかなものから、不安げなものへと変化したのをテリーは見てしまった。ああこれは勘付かれたな、と悟ったテリーが逃げ道を探そうとしてももう遅い。


「テリー、悪い夢でも見たの?顔色が悪いけど」
「…まあ、良い夢で無かったことは確かだ」
「以前話していらした、大切な方のよくない夢でも見たのかしら」
「…………よく覚えてたな、そんな話」
「だってテリーが宝物でも見せるみたいに話してくれたもの。ねえフローラさん」
「ええ。あの時のテリーさんはとても優しい目をされていましたわ」


二人の暖かな目線に晒されたテリーが記憶を探っても、非常に言葉少なに、ぶっきらぼうにしぶしぶ、どうしても、しょうがなく!喋った記憶しか蘇って来ない。…鞄に付いたナマエのお守りを見て、あらテリーさんには手作りのお守りを渡してくれる人がいるのね、なんてフローラに微笑まれては事実であるだけに否定できず、そこをビアンカに突っ込まれ…といった具合だ。自分はどうもナマエとの関係だけは嘘でも否定出来ないのだとテリーは思う。離れている時間の長さも影響しているのか、ナマエという存在の大きさが自分の中で日に日に膨れているのをテリーは感じている。

…悪い夢だった。あの日、ナマエの手を握り返すには心残りが多すぎた。握り返せるように心残りを、全て無くしてナマエの元へ戻れば何も言わず、ナマエを抱きしめ返せたはずだった。――本当はすぐに戻るつもりだったのだと、今すぐナマエに伝えたくて伝えたくてたまらない心臓が、脳が、手足が、身体の全てがあんな夢を見せたのだろう。
ナマエに会いたいと思うこと。ナマエの優しさに、気が付くのが遅くなったこと。また、気が付くこと。戦いの中に再び身を投じて、生きていなければいけない、帰らなければいけないと思うのは全て帰る場所にいるナマエの存在に繋がっている。


「さっさと終わらせて、帰らねえとなって思う夢。それだけだ」
「…そうね。それは、…本当に私もそう思うわ」
「言っとくが、ここに居るのが嫌ってわけじゃないからな」
「それこそ私達、全員が同じ気持ちです」


――微笑んだフローラとビアンカの瞳の中に、ちらつく紫色の影。


「テリーさんの愛情は、とても優しい愛情ですわね」
「ええ、本当に。…私達の好きな人も優しいけれど、また違った優しさだわ」
「…そんな風に言うのはアンタら二人だけだと思うぞ」


君がそれを愛と呼ぶなら、僕もそれを愛と認めて良いでしょうか

(2015/10/26)

企画サイト、「わたしの英雄」様に提出させて頂きます。参加させて頂きありがとうございます!
伝説の剣を探しに再び旅に出たテリーに既にもう帰る場所があったらヒーローズに召喚された時、色々気が付くことが多いんだろうなあって思いました。テリーはとても優しい子だと思います。ヒーローズテリーはテリーの良いところがとても色濃く出ているので大好きです。本当に企画ありがとうございます…色んな方の色んなドラクエ夢が見られるのが嬉しくて嬉しくてたまりません!拙いですが、とても楽しく書かせて頂きました。あとは読む専でわくわくしたいと思います…!