最果てで




「……あ、人がいる」
「誰だ?」
「剣だ。おもちゃ?」
「…これのどこがおもちゃに見える」
「じゃあ本物なんだ。じゃあどうして、あなたは剣なんて持ったままここに入り込んだの?」
「……ここはどこだ」
「私の夢の中、だと思うんだけど」
「は?」


何を言っているんだこいつは、と言わんばかりの表情に今度は私が首を傾げる番だった。「初めてよ、この夢に人が出てきたの」「…夢?」「うん。私は今眠ってるんだけど、ここはいつも見る夢の中なの」すらすらと、吐き出した言葉の通りだ。私は毎日、眠るたびに同じ夢を見る。薄暗い森が続く夢の世界を、ずっと歩き回る夢だ。起きている時はすっかり忘れているけど、夢の世界、つまりここに入り込んだ時私はこの世界での記憶を取り戻す。今日はどこへ歩いてみようだとか、今日はゆっくり星を眺めようか、って。

そんな夢の世界での生活は一ヶ月程続いていた。星の配置は毎晩違うから、私は星を見上げながらまったりと歩くのを夢の世界での日課にしていた。そうしたらどうだ、すっかり歩き慣れたお決まりの道の途中で、見慣れない(しかも、私以外の生き物)に出会えるなんて。なんだか格好が物騒だけど、青色の布地の隙間から覗く美しい銀色は夜闇に映える。綺麗な人だなあ。どうして、私の夢のなかにいるんだろう。


「じゃあ俺は何だ、夢の世界に迷い込んだとでも」
「そうなると思うよ?そのうちすうって、目が覚めるはず」
「……どうだかな」
「私、いつもこの散歩のコースを歩いて、この先の丘で星を見るの。それで、気がついたらいつも目が覚めてる」
「何度かこの世界で眠った。食料も尽きた」
「……うーん、じゃあ私と星を見に行く?」
「どうしてそうなる」
「この世界で一番綺麗なのは、星だと思うから」


綺麗なもので満たされれば、きっと気持ち良く目が覚めるだろう。手を差し出すと、刺のある視線が私を射抜いた。そんなに警戒しなくたっていいのに。「行かない?」「……」無言の後、数十秒ほど見つめ合って銀色の髪をしたその人はゆっくりとした動作で剣を収めた。手は取ってもらえなかったけど、一緒に来てはくれるみたいだ。

いつもどおりの散歩道を、いつもとは違って二人で歩く。後ろの銀色はどうしたって私を警戒するみたいで、私を後ろからしっかりと見ている。丸腰なのに、なんだっていうんだろう。そもそもこのあたりじゃ見ない格好だし、旅人さんかなあ。私の村は別に、そんな強力な魔法が使える人がいるってわけでもなく、至って普通の農村だ。ううん………私も最低限、メラとかしか使えないし、何よりこんなに強そうな人に勝てるはずないのに。分からないなあ。
まあ夢だし変なことが起こるのはしょうがないよねえ、と結論を出して私はいつものように歩く。後ろから、かちゃかちゃと剣が鳴る音がして少しだけ不思議な気分になった。…夢の中で意識を保ち、好きなように動いているというのも不思議なものだけど。

少しだけ盛り上がった陸地のそこは、木々に囲まれた私の夢のなかの、私のためだけの丘だった。「こっちだよ」「……」黙って、歩くその人に構わず私は丘を駆け上がる。見上げた夜空はいつもより、星がたくさん瞬いている気がした。「あ、」きらり、流れていったそれに思わず目を見開く。流れ星!初めてだ、ここで見るの!


「こっちこっち!見た?今の流れ星!」
「……まあ」
「うわあ、ここで見るの初めてだよ…!お願いとか、する暇ないなあ…でも今日は本当、初めてが多いね」
「何故俺を見る」
「あなたが、ここに来た初めての人だし。流れ星を見たのもここでは初めてだし!」


この世界にも私意外に、意思を持った人がいるのだと思うとわくわくする。やっと丘の上まで登ってきたその人を振り返って、私はそのまま背中から倒れ込んだ。柔らかな草が私を優しく、ふんわりと受け止めてくれる。夢の中でも少しだけ、小さな痛みが背中に走った。それでも視界いっぱいに広がった星空が、私の心を満たしてくれる。


「…っ、おい!」
「ん、今日もいい夢だった……」


ゆるゆる、と閉じていく視界の隅で誰かが私を呼んだ気がする。でもここだけはいつもと違わず、心満たされた私は幸福を感じながらこの世界を抜け出し、そして目を覚ますのだ。


**


「………あれ」


最近はいつも、夢を見る。それはとても心満たされる素敵な夢で、私はその夢が大好きだ。……内容はいつも忘れてしまうけど、その夢を見た朝はとにかく気持ちがいい。一日の仕事がすごく、捗るのだ。今日もきっとその夢を見たはずで…確かに頭は冴えているし、心は満たされている、…と思う。あれ、満たされてる?何か、引っかかるような。

なんだか少しだけいつもと違う引っかかりを感じながら、私はいつものようにお弁当を作って家を出た。今日もシスター、お弁当喜んでくれるといいなあ。いっそのこと、住み込みの方が良いのかも。ここで三人分のお弁当を作るのも嫌いじゃないけど、住み込みの方が神父様にもシスターにも朝ごはんを作ってあげられるし、私も朝ばたばたしなくていいし…でもこの家は天窓から星が綺麗に見える。星、星かあ。夢で…星みたいに、きらきら綺麗な銀色の髪をした人と出会ったような。


三人分のお弁当を包み、家を出た瞬間に村が異様なざわめきに満ちているのが即座に理解出来た。どうしたんだろう、みんな不安そうな顔だ。視線はなんとなく、村の中央にある教会に向けられている気がして私の足はやがて早くなる。気が付けば駆け出していて、いつもはゆっくりと開く裏口の扉もばん!と大きな音を立てて開いていた。あらナマエ、と少しだけ目を見開いたシスターがくちびるに人差し指を当てる。

どうしたんですかシスター、問いかけた私に眉を潜めたシスターが祭壇の裏の小部屋に顔を向けた。「実はね、森に入った旅人さんが居たみたいで」「森に?まさか、何も持たずに一人で?」「ええ。それで…随分長く迷っていたみたい。強靭な精神力を持っていたんでしょうね。森の呪いのせいで、昨日の夜に運び込まれてから目を覚まさないの」その旅人さんが持っていたのだけど、と振り向いたシスターが指し示したのはいかにも強そうな、細かい装飾の施された剣の柄だった。……あの柄から漏れる音を、聞いたような。効かないような。とにかく今は、神父様が必死に回復呪文と祈りで治療を続けているらしい。


「ねえシスター、ダメだと思うけど、私その旅人さんを見ちゃいけない?」
「ダメだと思っているのなら聞かないでナマエ。彼は呪いで眠っているのだから」
「でもシスター、その旅人さんって銀色の髪かもしれないんだもの」
「……ナマエ、見たの?」
「ううん、見てないけど。でも夢で見たかも」


すっごく無愛想で、と言葉を続けるとシスターがとても困った顔をした。神の思し召し、でも、と少しだけ迷ったシスターは、渋々といった風にひとつ頷く。「…うるさくしてはいけませんよ」「うん」分かった、と頷き返して私は小部屋の方へ歩いていく。近づくたびに神父様の呪文を詠唱する声が聞こえていた。鍵穴から、そっと覗いてみる。

あ、と声が漏れた。銀色のその髪には見覚えがあった。夜闇に溶けて気がつかなかったあのマントの色は青色だったのか。躊躇することなく扉を開くと、神父様がちらりと目線だけこちらに向けてやはり、シスターと同じように目を見開いた。その目は出ていきなさい、と語っていたけど気がつかないふりをして私はその旅人さんに近づく。……死んでいるような、生きているような。でも呼吸はしている。眠っている。


「旅人さん、出口はこっちだよ」


だらりと垂れた腕をすくい上げて、引っ張った。私は出口を知っていたけど、彼は知らなかった。知らないまま、迷い込んだのだ。ならば出口まで、私が導いてあげればそれでいい。ぴくり、と耳が動いたのを見た私はもう一度腕を引っ張った。

緩やかな動きで瞼が持ち上げられ、アメジストのような煌く瞳が私を映し出す。お前は、と小さく呟かれたそれに私は掴んだ腕を持ち上げて、にっこりと笑顔を作って見せた。


最果てで



(2015/05/09)

夢の世界に迷い込んで出られなくなったテリーをひょいっと救う感じ
ここから始まる教会に通いながら星の勉強する村娘とテリーみたいなやつ 供養です