たいせつなひと



そもそも一人で旅を続けていた理由は、最初にルイーダで戦士と魔法使いを紹介して貰ったとき、バラモスの名前を出した瞬間に苦い顔をされたからだった。酒場に登録してある以上腕には自信があるのだろうが、相手が魔王だと知れば確かにその苦い顔をしたくもなるだろう。俺達二人はもっとお手軽な旅がいい、と言った時のその二人の目は微かに濁っているように見えて、このままパーティを組んでも上手く行かないであろうことを悟らせた。
もっと好戦的な子を紹介しましょうか、とルイーダに言われたけれど断った。しばらくは一人で旅をして、本当にダメだと思ったその時はまた頼るかもしれない、と言い残して。

旅は案外、一人でも順調だった。確かに一人で複数の魔物を相手にするのは厳しい場面も多かったかもしれない。それでも道具や装備品は自らのことだけを考えて調達すれば良かったし、剣の腕が上がると共に一人での戦いにも慣れていった。一つ、面倒だと思ったのはどうしても付きものになってしまう怪我だ。薬草は何度口にしても美味しいと思うことはなかったし、自分で自分にホイミを唱える時のむなしさといったら!宿屋に泊まろうと立ち寄った街で、怪我をした男の腕にホイミを唱える可愛らしい女僧侶の姿を見たのが原因かもしれない。とにかく、怪我には薬草(緊急時を除く)。魔法力は温存して、危機的状況に陥ったときに一気に解放。基本は剣技で、対峙した魔物を殲滅していく。

それでも、やはり一人での旅に限界を感じる瞬間は訪れた。カンダタとその子分と戦った時、一度に攻撃と回復が出来ないことを心底悔やんだのだ。カンダタもその子分も自分のレベルに比較すれば、確かに格下だっただろう。それでも手数では確実に負けていたし、一度に相手に出来る人数は知れている。自分以外の誰かが自分の変わりに、マホトーンやラリホー、欲を言うならルカニやスカラを使ってくれれば自分は攻撃に専念出来るのに、と。


船を手に入れた後、ルーラを使うことを躊躇わなかった。懐かしい街の風景も、久しぶりに見る我が家も振り返ることなく、足は自然と再びルイーダの酒場へ向いていた。
扉を開いた時、ルイーダはカウンターで誰かと言葉を交わしていた。…正確には、話を聞いていたというのが正しいのかもしれない。「それでね、ルイーダさん。私もうあの酒場やめようと思って!」――声はそこまで、不快感を感じなかった。金髪と、露出の多い上半身。飛び出た兎の耳と、網タイツ。「ほんとね、あいつらセクハラ紛いのことばっかり!酔っ払いの相手も飽き飽きしちゃった。…いい加減、こんな生活やめたい」もう嫌よ!とカウンターに突っ伏したその横顔がちらりと見えて、自分と同い年ぐらいであろうそのあどけない表情に少しだけ驚いた。「…どうやって辞めるのよ」「う、冒険に出る、とか…」ルイーダの問いかけに小さく呻く声。「遊び人を探してる人とか…」「残念だけど、そんな人めったに居ないわよ」肩をすくめたルイーダは、ここでやっと来客の存在に気がついたようだった。あら久しぶり!と声のトーンを上げたルイーダに、何事かと兎耳の少女も振り向く。

…目が合った、その時に見たのは澄んだ色の瞳だった。澱んでいない、真っ直ぐなそれ。最初にこの場所で対峙した、あの二人の男とはまったく違う目の色に心臓が微かに跳ねるのを感じた。彼女のきょとんとした間の抜けた顔は、未知の可能性を感じさせた。
バラモスの名前を出しても彼女には現実味が無いようだった。いつ死ぬかも分からない旅の方が、今の生活よりスリルがあって楽しそう!と言った彼女は手を差し出して握手を求めた。「よろしくね、勇者さま!出来る限り頑張るけど、危なくなったら守ってね」ウインクと共に強引に腕を掴まれ引き寄せられて握られた時、もしかして俺の直感どこかズレてるんじゃないのか、と先行きを不安に感じたりもしたけれど。


「案外、見る目があったってことだよなあ」
「ん?アレル、何か言った?」
「…何にも」


不思議そうに傾けられたその表情に、思い出すのは数ヶ月ほど前のこと。…確かに最初こそ手を焼かされたけど、今はもう背中を預けることに躊躇いはない。本当、最初はどうなることかと思ったよなあ…魔物を目の前にして道端に落ちてるゴールドに目を惹かれるし、すぐに疲れただの足が痛いだのと騒ぐし、…でも帰りたい、とは一度も言わなかった気がする。薬草を苦いから嫌だと言って、ホイミを掛けてくれとねだられていたのも今となってはいい思い出だ。何より旅が隣に立つ彼女の存在で随分と変わった。一人での旅より考えることは増えたし、苦労も増えたけれど楽しさはそれ以上に増えたと思う。


「…上手く言えないけどさ、ナマエに会えて良かったよ」
「どうしたの、いきなりお礼なんて言っちゃって。言うのは私の方じゃない?」
「いや、いつも助けられてるし…ナマエのおかげで、旅が楽しくなったし」
「今日のアレルはいつもと違って素直だね」
「うるさい」


気恥ずかしくなって顔を逸らすと、風に揺れた髪が頬に揺れた。からからと、隣で変わらない間抜けな顔で笑うナマエの額には、悟りの冠が光っている。


たいせつなひと



(2015/04/05)

第40回ワンライに(出遅れで)初参加させて頂いた3主。名前変換付きに変えました。ワンライずっと参加したかったんですけどなかなか時間が取れず…3主だったので1人深夜に1時間挑みました。フリーズして真っ白になったのでそっと一時間測り直しました。楽しかったです〜!