お願いだから近づくのをやめて




――多分お互いに、頭が真っ白になったんだと思う。

われに帰った瞬間、ぽかんとした顔で私を見つめたモザイオが、今にも大声を出しそうになっていることに気がついた。慌てて口を塞いで部屋に引き入れて、口元に人差し指をあてて静かにして!と小声で囁く。幽霊でも見たかにような顔でぱくぱくと口を開いたり閉じたりするモザイオは、どうやらこの部屋を私が使っていることを知らなかったみたいだ。


「……っな、んで、お前が!」
「いやいやそれは私のセリフ!」
「だって、ここ空き部屋だろ…!時々物音がするってんで気味悪いって苦情が…ポストに」


ポストというのは恐らく、生徒会に要望がある場合なんかに使う小さな小箱のことだろう。生徒会室の目の前には机があって、その上に要望箱と書かれた小箱が置いてある。横には常にメモ帳とペンがあるし、おそらく私の予想は外れていない。そして目の前の金髪の不良ルックの少年ことモザイオは、この間の騒動の後に生徒会長に就任した男だった。にわかには信じられないけれど、モザイオはこの部屋(あの学園長の幽霊事件の時に私が使っていた後、一部の好意で私が今でも使わせてもらっている部屋。表向きには空き部屋になっている)から物音がする(私がここで眠っている時なんかにする物音だろう)から…なんとかして欲しい?原因を突き止めて欲しい?依頼の内容は分からないけれど、とにかく彼はここを調べに来たみたいだった。モザイオのまんまるに見開かれた目がやっと普段通りの目つきの悪さに戻って、こんどはしかめっ面になる。


「あのなあ、何やってんだ」
「いや…ちょっと近くでその、潜ってたから休憩に」
「"潜ってた"?それって噂の宝の地図ってやつか」
「そう。ちょーっとボスが手強くてね、なかなか」
「は!?宝の地図って、熟練の冒険者でもひとひねりにしちまうモンスターが出るんだろ!?」
「大丈夫だよ、私強いもん」
「そういう問題じゃ…!」


あれ、どうしたんだろう。珍しく狼狽えたような様子のモザイオの顔を覗き込むと、馬鹿と一喝されて距離を開けられた。な、なんだろうすごく傷ついた!いや待て、私の顔はそんなにも気持ち悪いんだろうか…思わず頭を抱えると違う!とモザイオが叫ぶように言ってつかつかと私に歩み寄った。一体どうしたの、本当に。「…ら、らしくないよモザイオ?」「知ってるっての」目が据わっている。一歩下がろうとすると、腕を掴まれた。


「お前が強いのは知ってる、けど!」
「…けど?」
「なんっつーか……お前も、ナマエも!女だろ、その、だから!」
「な、なに!?」


女だろ、だと!?モザイオが!?薄暗くてよくわからないけれど、モザイオの顔はうっすらと赤く見える。そして私の顔もやはり熱が集まっていて赤いのが分かる。なんだ、なんだこれ。心臓がばくばくと鳴り始めて、思わずシャツの胸元を握り締めた。らしくない。今日の私は本当にらしくない。同時に、モザイオもどこか変だ。なに、これ。奇妙な緊張感が、私の全身を支配している。ああもう、言うなら早く言ってよモザイオ!ううん、言わなくてもいい!言わなくてもいい!むしろ言わないで欲しい!


「……俺は、お前にあんまり……危険なこと、して欲しくねえっていうか」
「っ、!」


ダメなんだよ、私を女の子として扱ったら!ダメなんだよモザイオ!「ここに通ってんなら授業にも、俺のとこにも来れば…」「む、無理!私は、冒険が!」「いつ死ぬか分かんねえじゃねえか、そんなの」「モザイオには関係ないよ!」「関係ある!俺はお前が好きだから、お前が…!」はっとしたように私から顔を背けたモザイオの顔は、みるみるうちに赤くなっていった。咄嗟に口元を抑えた私は、隠しきれないぐらいに顔も体も、全部が熱い。駄目だよ、駄目なんだよ…ダメなんだってば。そんなことを言われたら天使でもなく勇者でもない、―――ただのナマエが出てきちゃうんだよ。たったひとりの、ただの女の子が。

熱っぽい瞳がゆっくりと、再び私を見据えていた。「…顔が赤いぞ」「っ、気のせい…!」自分の声が掠れている。もう一歩、モザイオが距離を詰めた。「なあ」「……やめて、お願い」「ナマエ」「呼ばないで、っ」顔を背けると耳元を吐息がくすぐった。ただのか弱い女の子になってしまった私は、この状況を切り抜ける術を持たない。



お願いだから近づくのをやめて



(2014/04/27)

モザイオは多分ああ見えてピュアな恋愛してればいいなーと思います
女勇者ちゃんだったらなお良しです。というわけでエルシオン生徒会長でした