お茶会をしましょう




そういえばマシュマロとジュースがあるよ!あっためてくる!なんて言い切って厨房に駆け出したナマエを寝ぼけ眼のまま追いかける。待ってよ、怒られるよなんて言葉は幼馴染には届かないようで、目がしっかり覚める頃、僕が厨房に辿りついた時にはナマエは既に、ヤカンからマグカップに温めたリンゴジュースを注いでいた。美味しいのかなあ、あれ…


「レックス、お茶会だよ、お茶会!」
「わ、わかった…!分かったから、声!」
「ごめんごめん」


真っ暗な厨房で、シンクの上の照明だけがまだ小さい背丈の僕たち二人を照らしていた。窓の外は星が煌く群青色の夜。王族のベッドがある部屋で父さんと母さんとタバサとチロル達と眠っていた僕を起こしに来たのはやっぱりナマエだったから、僕はそんなに驚かなかった。このあどけない、戦いを知らない幼馴染は(僕も当然、ナマエと同い年だからあどけない、なんて言えるのか分からないんだけど)よく夜にお城を抜け出したがった。でもそれは敵わないから、気を紛らわせるためにこうしてよく夜中に飲み物を飲んでお菓子をつまむ。一人では寂しいからと夜遅くにひっそりと抜け道を使って、まるでラットのように僕らの寝室に潜り込んで僕を起こすのだ。

この深夜のお茶会は今回が初めてじゃない。当然僕も最初はナマエを説き伏せようとしたけれど、……深夜にこっそりとナマエが準備したおやつを食べるのが楽しくなってきちゃったなんて。父さんと母さんに知られたら怒られそうだ。タバサだって、ずるいと言うだろう。ちなみにチロルは感づいているけれど知らないふりをしてくれている。でも戻った時にちゃんと歯を磨いてないと勘付くのである。まるで父さんだ。


「レックス、はい!」
「あ、ありがとう」


口を付けると、暖かい温度がじんわりと体中に広がった。「……結構いける、かも」「夜は冷えるもんねー」甘い香りが優しく鼻をくすぐって、思わずすん、と鼻を鳴らした。寒いの?と問いかけてくるナマエに首を降る。なんとなく、ここで寒いなんて言えなかった。僕よりナマエの方が(やっぱり…こんな言い方は好きじゃないけど、王子と平民って着る物が違うんだなあと思う)寒いだろうに。上着を渡してやるべきかと頭を巡らせていると、とんとんと肩に手が触れる感触。「あ、はいマシュマロだよ!今日はね、ピピンに選んで貰ったんだ」ピピンはいっぱい試食してたから、どれが一番美味しいか知ってるんだって!と無邪気な笑顔を見せてマシュマロの袋を差し出してくるナマエ。


―――ああ、とても愛おしい。


「……レックス?」


幼馴染の頭を、僕よりほんの少し低い位置にあるその頭を撫でていた。「ねえナマエ、」「な、なあに?いきなりどうしたの…」初めての事に戸惑っているんだろう、きょろきょろと目を泳がせるナマエを無償に抱きしめたくなった。タバサへ向けるものに似ていて、母さんに向けるものとは大きく違っていて、でも恐らく本質は一緒で。父さんに向けるものにもほんの少し、似通ったところがあるかもしれなくて――分からない。分からないけれど、この感情をずっと大事にしていたい。


「ずうっと、こうしていたいのかも」


柔らかいナマエの髪を一房指先で絡め取ると、なにそれ、と小さくナマエが俯いた。「つまりさ、その!」慌てて弁解するように言うつもりの言葉じゃないのかもしれないけど、そう!「ずっと、ナマエとお茶会、続けられたらなって!」ぱっと顔を上げたナマエに思わず頬が緩んだ。徐々に嬉しそうな顔になっていくナマエを見て、僕もどんどん嬉しくなってくる。ああ、この子をずっと守ってやりたい。



お茶会をしましょう



(2013/11/23)