嫌いじゃないけど



「ねえねえ、ヒムって人間は好きになる?」
「このサラサラの銀髪ってどう手入れしてるの?」
「私ってヒムから見て見込みある?」
「人間って獣王遊撃隊に入れないのかなあ」


ああ、うるっせえ!何でこいつは毎日毎日こんなにやかましいんだ!つーか、何でタイチョーサンはこんなの気に入ってンの!?人間ってこんなにうるせえのかよ!
隣できゃあきゃあと騒ぐナマエに苛立ちが募る。なんの趣味があるのか知らないが、ナマエは"俺に惚れた"と公言しており毎日こうひっついてくる。そりゃもう金魚のフンのように。
そりゃあ当初こそはバカにして飽きるのを待っていたのだがこいつは飽きる気配を一切感じさせない。最近は完全に俺のストレスの原因である。しかし体調命令で『ナマエに優しく!』と言われれば……もう……!胸に刻まれた数字を呪う。まさかこんな事になるとは思っていなかったのだ。そして他の隊員達はやたらとナマエに懐いている。何故だ。こんなにも煩いし鬱陶しいし良いところなんて一つも無いだろう!


「ヒム聞いてる?ねえ聞いてるの、ってば!」
「うるせえ!聞いてねえよ!」
「えええっ!?せっかく今日の告白をしたっていうのに!」
「またかよ!」


よく毎日毎日まったく内容の違う文章を俺への愛とやらで書けるな人間は!ここまで来ると最早ストーカーの域だ(と言うとラーハルトに怒られたのだけど)。最初こそ渋々聞いていたその文章は聞いているこっちにその気がないためにただの公開処刑と言える恥ずかしい文章だった。しかも二人きりでない時に他のヤツに聞かれでもしたら、多分笑いの種にしかならないような内容。だから毎日こうして渋々二人きりになっているのである。朝から晩まで、じゃないのが唯一の救いだ。
もうすぐ今日のナマエとの時間は終わる。これからの時間はやっと自由時間だ……と思って欠伸をしたところで気がついた。いつもならば時間ぎりぎりまでひたすら煩いナマエが静かになっている。どうしたんだ?煩くねえと怖いんだけど。


「……ねえ、ヒム」
「ンだよ」
「私のこと……どう、思ってる?」
「今更何言ってんだお前。ンなもん―――」


嫌いに決まってるだろ、と言い放とうとして言葉に詰まった。珍しく俺の方ではなく地面を見つめて目をぎゅっと閉じるナマエ。……えっ、何だよそれ。俺はまだ生命体になってまだ間も無いんだぞ?つーか人間じゃねえ……のに……何でそんな顔してんだよ。いつも見たいにきゃあきゃあ騒いでいないナマエになんだか心が揺らいだ。何だよこの気持ち。なんだよ、これ……どくどくどく、と胸の辺りが疼くのを感じた。


「………その、ラーハルトからヒムが私のこと迷惑がってると聞きまして」
「ッ、マジかよ……」


つーかラーハルトは何話してくれちゃってんの!?後で一発殴ろうと決意するもとりあえず今は目の前の泣きそうになっているナマエをどうにかしなければ。俺はこいつを……まあ、嫌いだな。嫌いだ。……多分!嫌いだ!だって毎日煩いし放っておけばあいつらの目の前で俺への手紙を音読し始めるし、でもまあ、俺と居る時や俺を見つけた時――その時の笑顔は煩いと思いつつもあまり憎めない。煩いのは迷惑だが控えてくれるのならば譲歩せん事もない、と自分の中で結論が弾き出された。――あれ、俺これかなーりナマエに毒されてるんじゃねえか?つうかこの泣きそうな顔が全部悪いんだよ!


「迷惑ならもう来な、」
「ああもう!嫌いじゃねえよ!だから泣くな、絶対だぞ!」


後半を必死に主張してナマエの言葉を遮る。ラーハルトがお前に関してはやたら過保護なんだよ!兄貴かっつうの!俺殺される!お前泣かせてるとこ見たら俺ラーハルトに細切りにされるわ!――とは言え、『嫌いじゃない』という俺の言葉を聞いたナマエの反応は激的なものだった。涙は引っ込み普段の三割増しの笑顔で俺の手を掴み顔を寄せてくる。ち、近ェ!寄るな!寄るなっての!



嫌いじゃないけど

(好きとも言ってないぞ!)
(ヒム!私希望あるんだね!嬉しい私頑張、)
(話を聞け!)

(2013/04/21)