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入口から入り、階段を下っていく。「ここは洞窟タイプの地図ですね」「ナイン君、どうして分かるの?」「入口の岩の形で、遺跡や火山の判別がつくんです」半歩後ろを歩いているナイン君が、囁くように教えてくれたそれに私は思わず唸ってしまった。確かに入ってから寒い、暑い、じゃ困る。入る前なら装備の見直しも出来るし、いやまあ入って寒ければリレミトで出てルーラで街に戻ればいいんだろうけどね。手間なのは誰だって嫌だ。省ける手間はぜひとも省きたいところ。
旅人の間で交換される地図には洞窟のタイプまで書き込んであるものも多いらしい。後ろを振り返るとソロが、ミネアからペンを借りて地図の隅に小さく書き込んでいた。こうして地図は人の手を伝っていくのかと思うと、心が跳ねるようにきゅん、と音を鳴らした。冒険にときめく、ってこういうことなのかもしれない。
そんなこんなで階段を下り切った、私達の目の前には岩で形成されたフロアが現れる。ちらりと視界の隅に映った、ふわふわと浮く小さな影に目を凝らす。


「…ピンクモーモンだ」
「ピンクモーモン?…あれかい?」
「随分と可愛らしい魔物がいるんですね、この世界は」
「ってことは洞窟だし、魔物のランクは2かなあ」
「なんだそれ」
「地図のタイプとレベルで出現する魔物が大体分かるの」


もちろん目の前に現実として捉えた場合、システム外の魔物も出現するかもしれないけど、魔物により好む地形や住みやすい地形は違うから大体は合っている、と思いたい。
ランク2で且つ、洞窟タイプの地図に出現する魔物はエルシオン大陸の魔物が中心になる。ピンクモーモンの反対側からリザードマンが、別の場所にストロングアニマルが歩いているのを視界に捉えて私は腰のブーメランを握り締めた。ブーメランはそんなに苦手じゃない。向こうにいた時も、小さい頃はブーメランで遊んでいた。大丈夫大丈夫…


「ナマエ、おたからさがしは覚えて"いました"か?」
「うん。でも使い方もなにも…」
「ここで有効活用しない手はありません。思い出しましょう」
「それ無茶ぶりってやつだよナインくん」
「大丈夫です。"体"が覚えているのなら、あとはそれをあなた自身が認識して受け入れるだけ」
「認識して、受け入れる?」
「…どう言えば伝わるでしょうか」


ううん、と唸ったナインくんが少し考え込んだあと、私にその手を伸ばしてくる。触れた指が、頬を優しく撫でた。「つまり、ナマエはたくさんの物が詰まった引き出しを持っているんです。あなたは引き出しから、ものを出す方法を知らない。そもそも引き出しを認識すら出来ていない。だから、力を認識して、引き出して、受け入れればいいんです」出来ますよ、と呟いたナインくんが口元を緩める。指が移動して、私のおでこから前髪をかき分けた。頭を撫でる手が、やけに優しい。――な、なにこれ。


「どうしたのナインくん、いきなりそんな」
「借り物と考えない方がいいですよ。紛れもなく、これはあなたのものです」
「……借り物じゃない」
「ええ、そうです。意識するだけで変わりますよ」


意識するだけで変わる。…確かにそうかもしれない。「今すぐやれ、とは言いません」「…うん」「ですが、いつまでも出来ないままだと、…大切なものを失うかもしれない」私を見つめたナインくんの頭にはやっぱり、何かを失う、という単語が残っているみたいだった。それは私も同じだった。いつまでも出来ないまま、前に進むわけにはいかない。


「それじゃあナマエ、戦いの基本を教えよう」
「なんつーか、腕が鳴るな、ミネア」
「ソロさん、少しは手加減してあげてくださいね」
「ねえナインくん、リュカとソロがすごく楽しそうで怖いんだけど」
「これは今すぐやらなきゃいけないみたいなので、頑張ってください」
「そんな薄情な!」





「いいぞ、そこで右から来るストロングアニマルに剣を横に振る!」
「…っ、こう!?」
「ナマエ、左後ろのリザードマンに警戒!」
「………弾いた!」
「いいですよ!最後に、二体をブーメランで薙ぎ払いましょう!」
「っ、りゃあ!」


階段を三つ降りる頃には、ドラゴンキラーを振り回すのに抵抗がなくなっていた。盾のタイミングもきちんと最初にリュカ教えてくれたおかげで、なんとか様になりつつある。武器の使い分けも背後から指示を飛ばしてくれるソロとリュカ、ナインくんのおかげでだんだん感覚が掴めつつあった。傷は負ったそばからミネアがすぐに回復してくれるおかげで、一人で戦っていても怖くない。

きちんと敵に攻撃が当たるようになったのは、最初の頃に比べて随分成長したなあと思う。ペンタグラムに薙ぎ払われたリザードマンとストロングアニマルが光に還っていくのを見つめながら私は息を深く吸い込んで、吐き出した。……スライムには多分出来ないんだろうなあ…かわいくて、敵意がないのならば戦う必要がないよねえ、と思ってしまうのはしょうがない。生憎この地図の魔物は私を一人だとみると積極的に突っかかってきたから、相手にするしかなかったんだけども。…なんというか、一部以外は。


「それでリュカ、どうするの?」
「…どうしようか」
「リュカさんの目はとても優しいですし、分からないでもないですけどね」
「どうすんだよ。ここに置いていくのか連れて行くのか」
「そりゃ連れていくしかないよ!」
「リュカ、即決ですね…っわあ!?」


リュカの頬にその体をぽふぽふと押し付けるピンクモーモンが、きゅうきゅう、と嬉しそうに鳴き声を上げた。リュカの右手を掴んで離そうとしないリカントは、嬉しそうにリュカの腕に抱きつき直す。リュカとミネア、ソロを乗せたストロングアニマルも嬉しそうにその尻尾をぱたぱたと振り、ブラックベジターはナインくんの手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。私に敵意を向けて突っかかって来なかった以上の子らは、私をすり抜け真っ直ぐリュカの目の前に行き、仲間にして欲しそうにちらちらとリュカを見つめた魔物達である。


魔物専用フェロモン


(2015/05/24)