62


ソロが貰った、と言って私に見せてくれたのは、まだレベルの低い初心者向けの地図だった。小さく隅に書かれている数字は地図のレベルだろうか。平均的に見てハヌマーンが出現するであろうその数字に、背中をひやりとしたものが伝った。――最下層に、ハヌマーンは出るのだろうか。もしくは外に飛び出していっている、のか。

俺はこのあたりの地図しか買ってねえからどこか分かんねえけど、とソロが言うからもしグビアナだとか、エルシオンのあたりにある洞窟の地図だったらどうしようと思い、恐る恐る地図を覗き込んだ私は、すぐにそれがエラフィタ村の近くであると踏んでほっと息を吐いた。腕試しの洞窟に一度潜るだけ、向こうの世界では移動に十秒もあれば足りていたけど、こっちでは何日も掛かるのだ。天の方舟もそうそうサンディに何も言わず使うわけにはいかない。そんなわけで洞窟に潜ることを決めた私たちは各々が装備を整え、エラフィタ村まで歩くことにした。今回の私の装備は魔法戦士御用達のフェンサーシリーズに、背中に剣。腰に短剣。それから、


「へえ、ブーメランか。…珍しい形だね」
「持ってるだけじゃ武器が腐りそうだし、使いこなせるか試したくて」
「今日の剣は重そうだな。振り回せるのか?」
「頑張るから、フォローよろしくお願いします」
「………なんだよ、珍しく素直だな」


ペンタグラムを持ち上げて、しげしげと眺めるリュカの横から顔を出したソロが意外だ、と言わんばかりの顔のまま食い入るように私を見つめて、明日は雨か、と小さく呟いた。な、なにそれ…ソロの中で私は一体どういうイメージなんだろう。負けじとソロの顔をじいっと見つめ返してみる。当然ソロの考えていることが見通せるわけではなかったけど、ソロはしばらく視線を合わせているとすぐに私から目を逸した。

背中のドラゴンキラーの重さにはやっぱりまだ慣れない。普段から足手纏いならいっそ腹をくくって、そんな私を受け入れてくださいとお願いするしかないのだと思う。だからたまにはフォローをお願いしたっていいと思います。それに珍しく素直ってなに、珍しくって!…普段から素直じゃない、かなあ?「ミネア、私って素直じゃないの?」「素直じゃないのはソロさんですね」隣のミネアを振り返ると、間髪入れずに言葉が返ってくる。いやそういう意味じゃないんだけど、とは言い返せないまま私は再び前を向いた。ミネアは歩きながら、タロットカードと睨み合っている。そういえばさっき、眉間に皺なんて寄せながら水晶玉を覗き込んでいたような。


「ねえミネア、そのカードって…」
「ナマエ、そろそろ目的の場所ではありませんか?」
「あ、そっか。ナイン君、地図貸してくれる」
「ええ、もちろん」


前を歩いていたナイン君が振り返り、私に地図を渡してくれる。差し出された地図のバツ印をきちんと確認して、私は前方に見える草むらを確認した。多分、ここで合っている。辺りの地面に光るキメラの翼を拾い集めたい衝動に駆られながら、私は畑に面した一角で足を止めた。リュカが無言で、私にペンタグラムを返してくれる。それを受け取って腰に挿し直した私は地面を見つめた。ゲーム画面なら今頃私の頭上に、!マークが点滅しているだろう。


「ナイン君、お願い出来る?」
「お任せください」


手を組んだナイン君の体から、魔法力が少し放出されているのを風の流れで感じ取った。――寝ているあいだに、私はまた少しこの世界に馴染んだってことなんだろうか。ナイン君が小さく何事か呟くと目の前の地面が呼応するように淡く光って、次の瞬間には洞窟の入口が私たちの目の前に姿を現した。洞窟の入口がアイテム扱いなら、もしかしてこれはレミラーマなのかな。

…いや、そんなことより気になることがある。「……ううん」さっきから顔を一度も上げないで、カードを見つめたまま小さく唸っている隣のミネアが私はずっと気になっていた。占いで悪い結果が出たにしては、少し様子がおかしいのだ。納得がいかないというような、不可解だと言わんばかりの表情とか。


「それでは、僕が先陣を切らせて頂きますね。ナマエは僕の後ろに」
「それじゃあナマエの特訓の意味がないんじゃないかな。君は彼女を守るだろう?」
「ナイン、"獅子は我が子を戦塵の谷に突き落とす"だぞ」
「……では、ナマエさまが先頭を」
「別にそれはいいんだけど……」


ミネアを振り返ると、彼女はまだ小さく唸っていた。「ミネア」「っ、はい!」私が顔を覗き込んでやっと、気がついたようにミネアが肩を跳ねさせる。ここでソロもミネアの様子がおかしいことに気がついたみたいで、彼女の後ろに回り込んだ。


「ミネア、これは何を意味するカードなんだ?」
「……この洞窟に入ると、良い方向に何かが転じるって出ているんです」
「この洞窟で?」
「ただ、何かを失うかもしれない。それが何かは分かりませんが、誰かの願いが叶うとも出ました。ですが、叶わないとも出ています。…よく分かりません」
「……お前がそんな顔をするとはな」
「ソロさん、カードがこんなにまとまりのないことを言うなんて今まで…」


狼狽えた様子のミネアを見て、リュカが困ったねえ、と小さく呻いた。「どうする?…入らないでおく?」「それも一つの選択肢ですね」リュカの問いかけに同意したのはナイン君で、眉を潜めた彼は私のことを見つめていた。――良い方向に何かが転じる。同時に何かを失うことになる。何か、は明確にされていない。ソロも迷っているようで、腕を組んだ彼は地面を見つめた。ミネアはやはり眉を寄せてカードと睨み合ってしまう。

良い方向に、何かが転じる。ただ、何かを失う可能性がある。――失う、と聞いて私の頭に浮かんだのは、この場の誰かがいなくなるということ。ミネアも三人も恐らく同じ考えで、それで迷っているのかもしれない。何かを失う。ただ、良い方向に転じる。誰かの願いが叶う。でも、叶わない。

良い方向に何かが転じる、のは新しい仲間が手に入ったり、新しく魔王の地図が手に入ったり、私の体が上手く本来の力を引き出してくれたりするのかもしれない。何かを失う、は仲間の誰かを失う、と明言されたわけじゃない。武器や、腰に括りつけた袋に入っている薬草なんかを失うことが意味されているのかもしれない。願いが叶って、叶わないのは――……ううん、よくわからない。

分からないけど、一つ分かるのはRPGのお約束ごとというやつだ。どんな危険が待ち受けていようとも、勇者は先に進むしかない。良いことであろうと悪いことであろうと、イベントがこの洞窟の最下層に眠っているのは十中八九間違いないのだ。引き返すのも手であるのは確かだけど、…私はハヌマーンが、この地図の最下層にいるのかどうか、それを確認しなければならない。


「ナイン君、ちゃんと銀河の剣持ってるよね」
「ええ、当然です」
「リュカは?装備、大丈夫?」
「ああ、もちろん」
「ソロとミネアは」
「不備はありません。よほどのことがない限り、大丈夫です」
「同じく」


頷いた四人に頷き返して、ドラゴンキラーの柄をぎゅっと握った。「…行こう!」少しの不安をかき消すために、喉はよく通る声を選んだらしい。ちょっとの恐怖なんて、飛んでいけ!口元を緩めて、私は目の前の洞窟の入口へ踏み出した。


彼女の進歩


(2015/05/24)
ドラゴンキラーは旧の腕にはめるタイプが狂おしいほど好きです
ドラクエ全武器の中で一番に好きです。嫁です。
なので剣っていう剣らしい新しい方のドラゴンキラーに今だ馴染めません
でもドラクエ武器は本当好きなのでドラゴンキラーに馴染みたいですね