61


「感動の再会は終わったのか」


カップの紅茶を一人寂しくすすっていると、サンディが逃げたのとは反対側の階段からソロが降りてきた。「…立ち聞きは、趣味が悪いと思う」「バカ、聞いてねえよ。帰ってきてたから声掛けようとしたら、お前があの妖精に泣きついてたから空気を読んでやったんだ」呆れた、と言わんばかりのその様子に思わずごめん、と返してしまう。どうにもサンディに久しぶりに会ったのと、あの水晶玉を覗き込んだせいでメンタルが弱くなっているらしい。私の正面の椅子を引いて、向かい合って座るソロもなんだか久しぶりに感じる。


「ねえソロ、他のみんなは?」
「ああ、宝の地図ってのに潜ってる。もうすぐ帰――」
「宝の地図!?え、待って、危険なんじゃ」
「ここに来た旅人が余ってるからってくれたんだよ。ここ最近になって急に宝の地図に現れる魔物が激減したらしいしな」
「……地図の魔物が、激減」


頬杖を付いて俺は留守番、とつまらなさそうに呟くソロの言葉をもう一度噛み締める。地図の魔物が、激減している…?「しかもボスモンスターがどこの地図にもいない、とか」「ボスモンスターが?」思わず立ち上がると、ソロが不思議そうな顔で私を見上げている。「なんだよ、そんなに変なことか?」「…変な、ことだよ」発した声が震えていたかもしれない。思い出したのは、黒竜丸のこと。

―――もし、もしも、出てきているのだとしたら?黒竜丸も地図から抜け出して、私達を襲って来たのだとしたら?地図の洞窟のような狭い場所より、広い地上の方が魔物の欲を満たすだろう。まだ弱い魔物なら良いのかもしれないけど、黒竜丸はボスモンスターだ。ボスモンスターが地上に出て来られるのだとすれば、それは魔王すら例外ではない、のでは。

セレシア様のところで最初に見せられた、あの嫌な色のオーブが影響しているんだろうか。…調べるにも私の手持ちは今、バラモスの地図たった一枚だし肝心の私が一回、しかも黒竜丸レベルの魔物と戦ったぐらいで5日も寝込むんじゃあ…いや、迷っている時間はない。寝込んでいるのなら叩き起して貰えばいいだけのこと。


「ソロ、すぐにここに帰ってきそうなのって誰!?」
「すぐ?あー…ミネアが確か厨房に居たぞ」
「それから!?」
「あの妖精と、それからナインが上に居たんじゃねえか…ってお前、まさか」
「魔王退治に行くの!」
「はあ!?」
「それなら、僕も同行させて貰おうかな」
「ひっ!?」


いつの間に隣に座っていたんだろう!見覚えのある紫色の旅衣装。端正な顔立ちと、優しい微笑みを携えた5の主人公がナチュラルに会話に入ってくるからびっくりして変な声が出たじゃない。あ、そういえば、私運んで貰った、とかククールが言ってたっけ…


「初めまして、ナマエ。僕はリュカ。…レックスから色々な話を聞いたよ」
「初めまして、リュカ。…その、あなたの息子さんを巻き込んでしまって」
「大丈夫。…何より、無事でいてくれたからね」


すうっと目を細めたリュカの視線から、逃げる方が怖いと思って見つめ返した。「でも、勇者の力が必要なんです。レックスの力も、それにあなたの力も。…私に、協力して頂けないでしょうか」――…静かに、頭を下げると自分の心臓がどくん、と大きな音を立てたのが分かった。…緊張は、しょうがないと思う。


「……顔を上げて」


静かな声にそのまま従うと、困ったような表情のまま口元を緩めるリュカがいた。「そいつ、案外クソ真面目なんだ」「…そうみたいだね」ソロの言葉に同調するリュカ。え、え、なんなの、ソロ。なにこの、試された!みたいな空気。

君がこの世界の勇者だって言うから、とリュカが呟いた。「危なっかしい勇者が居たものだって思ったんだよ。そんな子に自分も、自分の子供も背中を預けられないからね。君に協力すれば仲間が増えて、都合が良くなるかもしれないけど…背中を預ける相手は僕も選びたいと思うんだ」…私は、誰かに背中を預けてもらえるようなレベルじゃないのを自分で知ってるけど…ちらりとソロを見やると、一瞬だけ目が合ったのにすぐ逸らされた。やっぱり私は力量不足というところだろうか。リュカに視線を戻す。


「でも、逆に危なっかしくて放っておけないしね。娘も奥さんもまだ行方不明のままだし…君に協力した方が僕も都合良く物事が進みそうだ」
「ほんと!?」
「うん、僕も協力するよ。でもナマエ?」


魔王退治の前に、少しでもレベルアップが必要だねと優しく微笑んだリュカの表情に逆らえないものを感じたのは何故だろう。退屈そうにしていたソロも、それなら俺も協力する、なんて言いながら立ち上がった。そこに厨房から手伝いを終えたミネアが顔を出して、サンディが逃げていった方の階段からナイン君まで降りてきたから私に逃げる道は無くなってしまった。


特訓フラグ?


(2015/02/11)