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「………あ、え?」


暖かくて優しい光に包まれたかと思ったら、目の前に広がったのは天井だった。薄暗い部屋と、カーテンの隙間から漏れてくる薄暗い気配。一瞬元の世界に帰った?なんて思ったけれど雰囲気というのだろうか。それに変わりはないみたいだ。時間は多分、日が沈んだばかり…もしかしたら逆かもしれない。時計は右横の壁に掛けられていた。六時…朝なんだろうか。それとも夜なんだろうか。そもそも、ここはどこだろう。私、何してたんだっけ…黒竜丸に、"何か"くらわせてやったのは覚えている。問題はその後だ。

体に痛みは感じない。ベッドから抜け出して壁を伝い、慣れない世界の部屋の電球を付けるべくスイッチを探す。やがてぱちん、と音が響いて照明が光った。明るさに一瞬だけ目を細めて、ゆっくりと窓辺に歩み寄った。――カーテンをそろりと引いてみる。


「…うわあ、どこだろここ…」


ゲーム画面で見るのではなく、実際に窓から覗いてみるとここがどこかなんて簡単に分かるもんじゃないと思う。それこそ高い場所から見下ろすのなら違うだろうけど!今窓から見えるのは、どこかの民家と街灯の灯りだけ。……まさか、変な場所に飛んできたとかそんなことはない……よね?誰もいない空っぽのゲーム世界に飛んだとか、そんな悪い冗談ばかり頭の中を過ぎっていく。

テーブルの上にはサウザンドダガーと、星降る腕輪がひとつづつ。体に防具はなし。装備していたもの、どこにいったんだろう…とにかく武器がひとつでもあるのは、何かあったときのために心強いことこの上ない。星降る腕輪を腕に通して、ダガーを腰に差した後、試しにそっと引き抜いてみる。――あの、気持ちの悪い色の血は付いていない。

魔族の血は、あんな――気持ちの悪い色をしているんだろうか。色だけ見ればそうでもないのかもしれないけど、あんな見ただけで吐きそうになって、目眩がして、全身が震えるような色はきっといつまでも慣れない気がする。……ああ、思い出したら頭が痛くなってきた。ここがどこか知らない場所だったら本当どうしたら、


「おうナマエ、パジャマ変えるぞ………って起きてたのか」
「あ、あ、あ!」
「アルスー、ナマエが目ぇ覚ましたぞー……うっわ!?」
「ククール!ククールだ!良かった!私、まだこの世界にいた!よかった…」
「はあ…?」


嫌なことばかり考えていたせいで、どうやら足音にもノックの音にも気がつかなかった私はドアから入ってきたククールに飛びついた。「おい、待てナマエ」ククールが抵抗の声を上げているらしいことは分かる。その理由が多分、うまい具合に抱きしめてしまった首元にもあることも大体察している。しかし私は聞かねばなるまい。


「パジャマ変えるって、ククールが、じゃないよね」
「あ、たり……まえ………だろ!」
「……………」


そっとククールを開放すると、即座に私から距離を取ったククールが元気そうで何より、と肩を竦めながら呆れ気味にぼやく。「…ああ、オレだけ、じゃないって意味だからな。アルスも、だ。ちなみにやましい気持ちは一切無いしゼシカと比べれば当然劣るし別に減るもんじゃないだろ?まあ揉めば大きくなるんじゃないかとオレは思」「ギガスラッシュ!」


**


当然の如く技は出なかったけれど、技名と同時に投げたダガーはククールの顔の横を綺麗にすり抜けて壁に刺さった。私にはナイフ投げの才能があるんじゃなかろうかというぐらい、綺麗に壁に刺さったダガーと自分の胸を見下ろして思うのはひとつ。


「……ゼシカは反則だってば」
「ナマエ?どうしたの?」
「なんでもないなんでもない!何でもないから!」
「う、うん。なんでもないならいいんだ」


どうやら私が目覚めたのは早朝だったらしい。現在私達は三人で丸テーブルを囲んで、宿屋の朝食を頂いている。オーソドックスなトーストと目玉焼き、ソーセージにスクランブルエッグの組み合わせは普通に美味しいんだけど、和食を食べたい気持ちもちらほらと湧いている。リッカのところに戻ったら厨房を借りるしかないだろう。

パジャマの件はアルスから聞いて、乙女の心情的に不満は多々あれど納得はすることにした。どうやら私は5日ほど眠っていたようで、その間は魂がどこか抜けてしまっていたみたいにぴくりとも動かなかったんだとか。夢を見ていた時間はそんなに長くないと思ったんだけどなあ…そういえば、あの夢はなんだったんだろう。あの場所と、あの優しい光は…


「で、さっきも言ったけど、みんなはセントシュタインにいるんだ」
「うん。食べたらすぐに準備する」
「セントシュタインに戻ったら、リュカさんにお礼言わなきゃね」
「リュカさん?」
「ナマエは覚えてないんだっけ。レックスのお父さんだよ」


さも当然だと言わんばかりのアルスと、スクランブルエッグを口に運びながら頷くククールに思わず目を瞬かせた。「…レックスのお父さんって、5」「5?」主、の文字は水を含んでパンと一緒に飲み込んだ。「あと、テリーとミレーユの仲間なのかな。リュカさんが連れてたドランゴっていうバトルレックスも合流したよ」「ずっとテリーにべったりで面白いことになってるぜ」「ドランゴっ…」むせ返りそうになるのを必死で堪える。引き換えられたなんて言ってはいけない。引き換えられたのはゲームの話で、実際一緒に戦っている時テリーは本当に強かったし、…じゃあそれを簡単に上回ってしまうドランゴとは…


「…………い、今から出たらセントシュタインにはお昼前に着くかな」
「馬車ならもっと早いだろうけど、その様子なら歩きで大丈夫だろ」
「ナマエお昼に何かあるの?」
「別に大したことじゃないんだけどね、その、なんて言うのかなあ。地元の味が恋しくなっちゃったから、厨房少し借りたいなって思ったの」
「へえ!」
「ナマエの地元?なんて名前の国なんだ」
「日本って国だよ」
「ニホン?」
「変な名前の国だな」
「でも、ナマエの料理かあ」


きらきらきら!とソーセージをフォークに差したまま、アルスが目を輝かせている。ククールもナプキンで口元を拭いながら、ちらちらとこちらを見ている気がする。ニホン料理、と小さくアルスが呟いたのが聞こえた。どんな夢を抱かせるワードだったのかは知らないけど、和食はそこまで珍しいものでもない気がする。煮物とか、普通にありそうだけどな…あ、汁物ならみんなに分けられるぐらい作れるかなあ。


「大したもの作れないけど」
「いいよいいよ!異国料理かあ…!楽しみにしてるね!」
「異国料理に思いを馳せるのはいいけどよ、アルスお前が一番遅いぞ」



おはよう


(2015/01/29)

更新が非常に遅くなってしまって申し訳ありませんでした;;
今後はなるべく時間が開かないように気をつけていきたいと思っています